みらい×育成対談02

選考委員長
鈴木 寛 × 平野 信行理事長

三菱みらい育成財団が目指す日本の未来への貢献

日本の教育と三菱グループとの関わり22世紀をつくる人材育成に向けた、2年目の挑戦と進化

プログラムの応募数は2年間で539件。書類選考と面談を経て、2020年度は66件、2021年度は80件の助成先が決まりました。この2年間の選考を振り返るとともに、日本の教育と三菱グループの関わりについて、選考委員長を務めていただいた鈴木寛氏と平野理事長が対談しました。

※役職名は掲載当時のものです。

多様性が進化した2年目の活動

平野三菱グループは昨年150周年を迎えたわけですが、100周年の時には三菱財団を立ち上げて研究助成を行いました。当時の日本は科学技術を中心とする学術振興が必要な時代背景でした。150周年ではどうするかとなった時に、三菱金曜会の仲間と議論し、VUCA※1といわれる予測不可能で、不確実性が高く、不透明で正解のないような複雑な課題を抱える時代においては、未来を切り拓く若者・次世代育成をしていくべきだという結論に至り、三菱みらい育成財団を設立しました。

※1:VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の四つの単語の頭文字を取った造語

教育はそれぞれの年代でとても大事なものですが、今回は高校生を中心とした10代後半に焦点を当てました。人格が形成される大事な時期で、その時に学んだこと、経験したことは、生涯においてその人の行動や考え方に大きな影響を残すと考えたからです。

1年目の募集プログラムは大きく分けると二つ。「心のエンジンを駆動させる」、「先端・異能発掘・育成」という高校生が参加する教育プログラム。2年目はこれに加え、新たに二つのカテゴリーを追加しました。 その一つが、大学1・2年生向けの「21世紀型の教養教育」、つまりリベラルアーツプログラムです。「21世紀型教養教育」とは、私たちを取り巻くさまざまな環境が激しく変化する中で、課題解決に必要となる基礎的素養と解決策を導き出すための世界観・価値軸を身に付けるものです。例えば、新型コロナなどをとってみても、医学や薬学等の専門分野の知識だけでは対処できず、的確に対応するためには、経済学や社会学、心理学が必要になるでしょう。あるいは歴史から学ぶことが最も大事かもしれません。そういう幅広い知識教養を身に付けた上で、自分の専門分野を深めるということが必要だと思います。

もう一つは、探究型学習を行う先生向けの教育プログラムです。探究型学習は、新しい試みで、現場の先生方からは、どう取り組んでいいのか分からないという言葉をたくさん頂きます。高校の先生方は、専門科目は学んでいるが、教え方は学んでいない。ましてや探究型学習という教科書もないようなものをどう教えていいのか分からない。そこで、先生方向けのプログラムを開発しようということになりました。

この2年間の助成を振り返ると比較的うまくいっていると思います。

プログラムの採択件数/参加者数で申し上げると、初年度の66件/2万6,000人から今年度は80件/5万4,000人まで増えました。新たなカテゴリーを追加したこともありますが、結構大きなインパクトを生み出し得るところまで育ってきました。これには幾つか要素がありますが、まず第一には、こういったプログラムが渇望されていたこと。まさにニーズが高かったこと。狙いは間違っていなかったということだと思います。

次に、何よりよかったのは選考委員の皆さま。私も選考に何度もオブザーバーとして立ち会いましたが、応募してくださる現場の先生方の情熱もすごいが、選考委員の情熱はもっとすごい。非常に厳しい指摘もされますが、これは叱咤激励の裏返し。まさに対話型の選考が行われています。

財団の事務局はフィールドワークを重視しました。全国の学校、各県の教育委員会、大学、研究機関をお訪ねして、私どもの取り組みを説明し、それを本当に靴の底を減らしながらやってきました。それもあってカテゴリー1の高等学校への助成は、初年度は18の都道府県でしたが、今年度は35都道府県まで増やすことができ、2年間では38の都道府県に助成し、残る空白県は9つとなりました。それだけ広がりができてきたということです。

平野信行
平野信行Nobuyuki Hirano一般財団法人 三菱みらい育成財団 理事長
三菱UFJフィナンシャル・グループ 取締役 執行役会長
鈴木 寛
鈴木 寛Kan Suzuki一般財団法人 三菱みらい育成財団選考委員会 委員長
東京大学教授、慶應義塾大学教授、
元・文部科学副大臣、前・文部科学大臣補佐官

鈴木改めて2020年度・2021年度を振り返ってみると、三菱みらい育成財団が設立されたこと、また今理事長がご説明された分野に光を当て、そして応援してくださったことを私個人としても、また学校現場、NPOやNGO教育の世界で頑張ろうとしている若い人たち、次世代の教育に携わるコミュニティーを代表して、平野理事長、事務局の皆さんに本当に感謝申し上げたいと思っています。感謝、感謝、感謝です。

私もアクティブ・ラーニングが大事であるとずーっと申し上げ、文部科学省の副大臣を2回、大臣補佐官を4回務め一生懸命取り組んできたのですが、私の言葉で申し上げると「遅々として」進んできたものの、大きな流れにはなっていなかったというところです。三菱グループが動いてくれたので、世の中も動くのではないかと感じて、この2年間、実感というか手応えを感じています。アクティブ・ラーニングは、教育の歴史を150年ぶりに変えるものだと思っています。これは「卒近代」の一つとも言えます。「脱」ではなく「卒」と申し上げるのは、われわれは卒業といったときには母校に対して感謝と敬意を抱きますが、これと同じです。三菱グループをはじめとする日本の近代化があったからこそ、われわれの生活は豊かになり、便利にもなりました。その恩恵に対して先人に感謝しつつも、そろそろ卒業しなければならないということをこの25年間、若い人たちに伝えてきています。大臣補佐官に任命してくださった下村大臣も150年ぶりに教育を変えるんだとおっしゃっていました。OECDのEducation2030というプロジェクトのビューローメンバー、理事を務めていますが、OECDも同じ問題意識を持ち、学校教育の在り方について試行錯誤を続け、探究とかプロジェクトベースドラーニングの方向性が出てきています。そして探究型学習が、OECD加盟各国に先駆けて2020~22年にかけて日本の小中高の学習指導要領に反映されます。このタイミングに財団のプロジェクトが立ち上がり、探究型教育や、異能の発掘・育成、教養教育を支援していただく。まさに現場のニーズと財団の狙いが合致したタイミングだったと思います。

平野2年目はいろいろな意味で多様化が進みました。一つは先ほど申し上げた通り、地域的な多様化。二つ目はプログラムの中身の多様化。プログラム内容は地域密着型からグローバルに関わるものまでさまざまです。中には、若者の孤立予防を目的とした生徒自身が望む生き方、望まない生き方を考えるきっかけを提供するワーク形式のキャリア教育を「心のエンジンを駆動させる」プログラムとして応募してきたものもあり、私は正直こうしたテーマを全く予期していませんでした。それだけテーマが広がりを見せているということで、とても良いことだと思います。

課題はカテゴリー3の「先端・異能発掘・育成プログラム」です。応募数が若干減りました。ビジネスをやっているとどうしてもサイエンスとなるのですが、サイエンスの分野のさらなる強化、特にサイエンスを専攻する女性への支援も考えています。一方で、もう一つわれわれが注目しているのが、STEAM教育です。これまではSTEM※2教育という言葉が一般的に使われてきましたが、最近では「Art」のAを取り入れたSTEAM教育の必要性が高まっています。対象とする分野をさらに広げていくことを検討しています。

あと財団自身の課題は発信力です。われわれの活動が幅広く認知されているとはまだまだ言えないので、もっともっと磨いていく必要があると考えています。

※2:“Science, Technology, Engineering and Mathematics” 、科学・技術・工学・数学の教育分野を総称する語

鈴木STEMという言葉をSTEAMに変えたのは、実は、私がG7教育大臣会合の議長代行をさせていただいた時です。それまではSTEMでしたが、今はアートの時代だと。初めて国際文書に入れました。私は以前から「判断」と「決断」という言葉を使い分けています。「判断」は、必要な情報を集め、セオリーとフレームワークに基づいていればできます。つまりAIにもできることです。一方、「決断」は情報が不完全な状態、またいろいろな制約がある中でものを決めなければなりません。これは人間にしかできないことです。論理は当然のこと、アートに関わる感性、歴史、教養など、ありとあらゆる力を幅広く磨き、「悔いのない」まではいかなくとも、「悔いの少ない」決断ができるような総合力を、次の世代には身に付けてもらいたいと思っています。そういう想いで一生懸命頑張っている大学の教員もいますし、自主的にSTEAMの勉強会を実施している学生もいます。STEAM×イノベーションの分野を財団にさらに深掘りしていただければ、大きな流れになってくるのではないかと期待しています。

平野信行

若者だけでなく、指導者たちの心のエンジンも駆動

鈴木チェコスロバキア解体後に初代チェコ大統領となったヴァーツラフ・ハヴェルが、「近代社会が終焉を迎えつつある。何かが衰退し、消滅していく一方で、まだ正体不明の荒削りの何かが今生まれつつある」ということを言っています。まさに「荒削りの正体不明の何か」をつくり出すのが、探究型学習であり、歴史というのはいつも無名の市民のグループがつくり出すのだと思います。今の日本の教育現場を見ると、探究型学習に先行して取り組んでいた教育関係者やNPOは、これまでなかなか表舞台に出ることはありませんでしたし、客観性や効率性、中立性等を重視しなければならない学校教育の制約の中で、教育者たちはさまざまなジレンマを抱えていたのではないかと思います。

教育現場は時間的には昔から忙しく、昨今はさらに雑用に追われています。子どもたちのために徹夜するのはいとわないが、いわれなきことに対して誹謗され、その徒労感が漂う中で、そこに財団が光を当ててくれて、教育現場が活気づいています。事務局の方が現場に来て、自分たちがやろうとしていたこと、あるいはこれからやりたいことをめぐって対話し、理解し、応援し、共感してくれたおかげで、内に秘めた思いを開花させることができ、理想と考える教育を思いっ切りできると。頑張れというエールを送っていただいたという意味で、感謝です。

学校現場やNPO・NGOで探究型学習をやってきた現場の人たちというのは、今まではそれぞれひそかにやっていたんですけれども、財団の交流会などを通じて、全国の同じような想いを持つ同志と横のつながりや絆が生まれ、それがさらなる自信につながっています。若者の心のエンジンだけでなく、それ以上に指導者たちの心のエンジンを駆動していただき、本当にありがたく思っています。

鈴木 寛

平野探究型学習は、必ずしも先生方や生徒を取り巻くステークホルダーの理解を得られていないのではないかと感じています。中でも保護者は、探究型学習プログラムは大学の入試に役立つんだろうか、それで安定した企業に就職できるのだろうかと考えがちです。しかし、われわれのビジネスの中で求めている人材は、自ら課題を発掘し、自ら考え、それに対する解が合っているか分からないけれども決断し、行動に移せる人です。そういう意味では、われわれ企業がもっと社会に対して発信していかなければなりませんね。

また探究型学習において重要となるのが、自分たちで社会課題を見つけるための社会との接点です。さらに、外の人たちの話を聞くことや、自分たちがやっていることを外の人たちから評価されることが大きなモチベーションになると、多くの先生方はおっしゃいます。われわれの仲間が「外との接点」となることで探究型学習に協力し、それがひいては三菱グループで働く一人ひとり、さらには三菱グループの変革にもつながるような流れになることを期待しています。

三菱グループのDNAに根差した「協創」プロジェクト

鈴木われわれが応援している15~20歳の生徒・学生たちは、平均寿命もかなり延びることも相まって、間違いなく2100年まで生きます。22世紀をつくる世代なのです。つまり、新たな人類史や世界史をつくるエポックメーカーとなる人材を育成しているわけです。改めてなぜ私たちに学びが必要かという根本的なことを振り返ってみると、未知なるものや未曽有の事態に遭遇したときに冷静に対処するためだと思うんです。正体不明のXの正体を明かすべく、己の知識や経験をもって、あらゆる角度から向き合っていく。150年前はこの未知なるXばかりがあって、150年の歴史がある三菱グループはそこに果敢に対峙した。新しい時代を切り拓いてきたというその文化遺伝子が、現場で頑張っている指導者たち、その先にいる若者たちへと、今また日本中で広がっていけば面白くなると思います。

平野確かに三菱グループの創始者である岩崎彌太郎はチャレンジャーであり、明治という危機の時代にあって、それを機会として捉えた人です。それから数十年たって、「三綱領」(三菱グループの企業活動の指針)ができました。その一つ「所期奉公」の「公」は、当時においては国を意識していましたが、今日的な視点でより広く捉えれば、パブリック、コモンズと言い換えてもいいかもしれません。そして「立業貿易」とグローバルの視点も併せ持って、それが戦後大きく開花していきました。この変えてはならないものがある一方で、変化が激しい時代になるほど、自分たちが変わっていかなければならないということも強く感じています。

世界のビジネスの流れを見ると、株主重視だった傾向から、お客さまや社員、社会、そして地球環境に貢献するという、ステークホルダーキャピタリズムまたはサステナブルキャピタリズムへとシフトしていっています。今回の採択案件にも、さまざまな社会課題、また地球環境をテーマにしたものが入っています。こうした大きな時代の変化の中では、求められる人間像も変わり、生徒たちも先生たちも変わる、そして私たち三菱グループも変わらなければならないという潜在的な自覚があったのかもしれません。先ほど申し上げたようにわれわれが「外の接点」となって、アウトプットするとともにインプットして自分たちを変えていく。このプロセスを繰り返していくことがさらなる可能性につながっていくんだと思います。

財団の活動を通して、教育現場に秘められた強い志、情熱、あるいは生徒たちと共に未来をつくるという強い意志を感じています。教育関係者の皆さまとはぜひ一緒に創っていく、「協創」という考えの下で、未来を切り拓く人材育成に力を合わせていければと願っています。

撮影協力:三菱一号館美術館
撮影協力:三菱一号館美術館
2021年6月 三菱一号館美術館にて
三菱一号館美術館:19世紀後半から20世紀前半の近代美術を主題とする企画展を年3回開催。赤煉瓦の建物は、三菱が1894年に建設した「三菱一号館」(ジョサイア・コンドル設計)を復元した。
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