
2022年度施行の学習指導要領に盛り込まれた「総合的な探究の時間」がスタートしてから
4年が経過しました。探究的な学びづくりを積極的に進める学校がある一方で、
まだ手ごたえをつかめず、どう進めてよいか考えあぐねる学校も少なくありません。
今、学校や教員が直面している課題とは何か。そして、それを乗り越えるために有効な取組みとは。
カテゴリー5の分野で教員研修を展開されている3名の方に、現在の探究学習に対する
考察と将来の展望について語っていただきました。(以下、敬称略)※役職名は取材当時のものです
「総合的な探究の時間」から
4年目
妹背皆さんはそれぞれ、探究的な学びづくりに関して教職員の皆さんが学ぶ場をつくられていますが、現在の活動に至る、背景や経緯についてお話しいただけますか。
藤村私はもともと県立高校で教員として理科を教えており、その後、県の総合教育センターで研修指導主事を務めたことをきっかけに、探究的な学びについて考えるようになりました。現場に戻ってからも授業や学級活動、修学旅行なども探究的にしたいという思いで取り組んできました。その中で、生徒たちに問うべきことを考え、それを問うことがカギになることに気付きました。こうした経験を基に、研修プログラムをつくっています。
伴場私は教育の専門家ではなく、元々国際機関等で、開発援助や貧困削減をテーマに途上国で十数年仕事をしていました。東日本大震災をきっかけに故郷の福島に戻り、復興事業に携わる中で、主体的に行動を起こす高校生たちと出会い、高校生たちのPBLをインフォーマルエデュケーションの立場で支援していました。しかし、学校外の活動ではどうしても対象となる生徒数を広げられないという限界を感じ、県からもお声がけいただいたこともあって、探究コーディネーターという形で、高校の中に入って支援をしています。
中村私も藤村先生と同じく、公立高校で教員をしていました。県内でも一二を争う進学校から、2013年に島根県立隠岐島前高校へ異動となりました。赴任した際に、生徒の伸ばしたい力は「主体性」「多文化協働力」「課題発見・解決力」であり、地域課題解決を通して島の将来の担い手を育てることが教育の柱である、と聞いたときは、そんな力をどうやって育てるんだ、そもそも島に縛り付けるような方針はどうなんだと、疑問だらけでした。それでも、まずは地域の人に課題を聞いて回ったところ、本気で闘っている大人たちの存在を知って、こうした大人と一緒に頑張る生徒を育てていくことには意味があると腑に落ちました。コーディネーターの方々と探究について日々議論したこと、また生徒たちが劇的に変わっていく姿を見て、教育によってここまで人が変わるのであれば、これまで自分が取り組んでいた教育は何だったのかという衝撃が、自分の教育観を大きく変えてくれました。

東京学芸大学 先端教育人材育成推進機構 准教授
藤村 祐子氏
先進事例を取り入れるには
まずは自分たちの強みを深掘りする
妹背皆さんそれぞれのバックグラウンドを持ちながら、先生方が学ぶ場をつくられていると思いますが、高校で探究的な学びづくりを進めるうえで、多くの先生方が抱える課題にはどのようなものがありますか。
中村ここ2~3年は伴走についての相談が多いですが、私は研修のたびに「正解はないです、ごめんなさい」と伝えています。ある生徒でうまくいったとしても他の生徒でうまくいくとは限らない。そこで、先生方に実際に悩んでいるケースを複数出してもらって、このケースに対してどう関わるのかということを4~5人のグループで議論をするという研修をしています。議論をする中で、生徒の立場に立って生徒の考えを、また先生の考えを見える化していくこと、そして先生同士の目線を合わせておくことは大事だと考えています。
藤村ケースを用いるという点では、伴場さんもケースメソッドに取り組んでおられますよね。
伴場はい。中村さんがおっしゃる通り、生徒の背景や考えに沿ってアプローチを変えていかなければならないので、伴走に正しい答えはないと思っています。ただ学校としてどのような方針で進めるのかというディレクション(方向付け)を合わせていく必要はあると思っています。そこで、私たちはモチベーション理論を用いて、「モチベーションが全くない」「外発的動機によってモチベーションがある」「内発的動機によってモチベーションがある」という3つの状態に分けて、生徒や学校の状況を分析しています。100%の生徒を内発的動機の状態にしていくのはほぼ不可能なので、その生徒を何割に増やしていくかという戦略を学校と共に立てていくというものです。現実的な目標と戦略を立てていくことは、先生たちのプレッシャーの軽減になっているかと思っています。
藤村私たちのところにも、伴走をどうしたらいいのかヒントをくださいという声が届くことがありますが、事例や直接的なヒントは、ほとんど出さないようにしています。背後にある想いや生徒の実態が隠れてしまい、事例やヒントだけが一人歩きし始めることは、最終的に生徒にとってプラスにならないことのほうが多いと考えているからです。こうした先生方の不安に応えるには、OECDがこの5月に出した「ティーチングコンパス」の中で提唱されている、先生たちにとって重要な3つの要素being(存在)、belonging(つながり)、becoming(成長)が参考になると思っています。他者とつながることが、心理的安全性や自己効力感、先生方の成長と実践の持続可能性を高めることから、belongingを持てるような場で、自分のbeing や becomingを見つめ直すという研修づくりに取り組んでいます。
中村私は「このままやってうまくいく学校はほぼありません」と伝え、状況を観察したうえで、教員の皆さんの不安を払拭するために事例を出す場合もありますし、あえて出さない場合もあります。
伴場途上国支援の仕事では、ある国の成功事例を他の国に応用するということはよくあったんですが、中村さんがおっしゃる通り、そのまま持ち込んでも絶対に成功しないというのは教育分野でも同じですね。事例を持ち込むときに必要なのは、自分たちの強みを理解することだと思うんです。持っている強みと事例を掛け合わせれば、オリジナルよりいいものをつくれると思っているのですが、日本の学校や行政は素晴らしい活動をしているのに自分たちの強みや価値を言語化するのが苦手ですね。
中村わかります。これは学校というよりも日本人の文化のような気もするのですが、いいところよりも、ダメなところを見つけて改善していくということが得意な国民性なんですよね。
伴場ある学校で探究活動の相談を受けていたときに、目的と戦略が合っていなくて、強みについて繰り返し聞いたんです。なぜそのスクールミッションになったのか、卒業生はどのような活躍をされているのか、部活動では何が強いのかなどを深掘りしていくと、専門知識を持って地域に貢献している卒業生が多いということがわかったんです。「地域に貢献する人材育成」はすでにミッションとして掲げていたんですが、改めて、生徒も卒業生も地域住民もここが強みだと再認識できて、探究のテーマにしましょうとなった。そこで初めて同じようなテーマの事例を参考にしてプログラムを再構築できたわけです。
中村その強み・リソースを再発見するうえでは、学校内に入るけれども学校の価値観に染まっていないコーディネーターのような方たちと対話することがカギになると思っています。あとはダメなところを出すのではなく、何がうまくいっているのかを教員一人ひとりが出していく、そういう「いい問い」に出合うことも重要だと思いますね。
藤村高校探究プロジェクトのワークショップでは、どうありたいかを妄想し、それを実現するためにどうしていきたいかという対話を通して、自分たちの強みを活かして何ができるかを考え、明日からの一歩を具体的に宣言するというポジティブアプローチも取り入れています。対話を通して、自分の考えを言語化して共有することも重要ですね。

一般社団法人 Bridge for Fukushima 代表理事
伴場 賢一氏
教科と「総合的な探究の時間」は
別物か
妹背他にも「教科学習と総合的な探究の時間(以下、総探)が別々のものになりがち」という先生方の声も聞きますが、そのあたりはどうですか。
藤村授業を持っていたときは、総探の目標を教科の授業でも実現することを意識していました。また効果的だったのが、教科の授業を探究のプロセスとリンクさせるという方法でした。理科の授業時に、今、仮説を立てているよね、仮説を検証するための実験を計画しているよねと生徒と確認しながら進めていくんです。そうすると生徒たちも教科の学びが探究的になっていくことを実感していくんですよね。
中村多くの先生が探究のことは総探の時間内で解決しなきゃいけないと思っているのではないでしょうか。ロジカルシンキングや批判的思考を週に1~2時間の総探の中で身に付けるというのは無理な話ですよね。いろいろな教科の中でそうした力を身に付けて、それを創造的に使うのが総探の時間なんだと思います。
伴場そもそも総探と教科をリンクさせることは必須なんでしょうか。私から見ると総探と教科は全く別フィールドの学習のような気がしますし、「うちは進学校じゃないから探究は難しい」と「教科が苦手、イコール探究が苦手」と捉えている学校も見られます。あと、学校内で研修をしている中で気が付いたんですが、ほとんどの学校で大なり小なり対立構造が見られるんですね。その一つが教科と探究の二重構造にあるような気もしています。教科と探究をつなげられればいいんだろうなとは思いつつも、それが先生を苦しめているんじゃないかという気もしています。
藤村探究に対して先生が不安や負担感を感じている要因の一つが、生徒の探究活動が自分の知識や経験を越えてくる部分がある点だと考えています。私たちは教科横断型の研修を実施しているのですが、まずは一つのテーマ、例えば「水」に対して、担当教科の視点から問いを出してもらいます。水の成分、環境問題、治水の歴史などのさまざまな視点の問いについて一緒に考えていく。その過程は子どもたちの探究の学びと同じなんだということを実感してもらうとともに、自分の範疇でも助言できる、教科とも結びつけられるということもわかってもらえるんですね。そうすると楽になれる先生もいらっしゃるんじゃないかと。
伴場なるほど。自分が得意な分野で対応できるし、それぞれの専門を持ち寄れば大勢で関われるという実感を得られるというわけですね。
中村私はマインドとしてつなげることが一番大事だと思っています。教科の授業内でも、他者と協働して考える、答えが出るかわからないけれども、議論したり試行錯誤してみるという営みができる環境にあることが重要です。単に生徒たちが対話していれば「対話的な学び」ができていると勘違いされていることも多いのではないかと思います。
藤村常に主体的とは何か、対話とは何か、みたいなことが学級活動とか授業をする前に確認できればいいですよね。あまりにも探究探究と言われすぎて、すでに探究疲れしている高校生も出てきてしまっています。私たちのイベントに参加してくれている高校生たちからは、「教科が変わらなければ探究も変わらない」という意見や、大学生になった子たちからは、「中高で探究をやってきたと思っていたけど、先生の立てる道筋に沿うような形に修正してやってきたことに気付いた」という声が出ています。
伴場大学生になって俯瞰できるようになって、見えてしまったんですね。

島根大学 大学教育センター 准教授
中村 怜詞氏
探究の成果の質と、
生徒の学びの質
妹背「総合的な探究の時間」が全国的に始まって4年目となったわけですが、より良い学びづくりに向けて、どんなことに取り組むのがよいとお考えでしょうか。
伴場学校がどのような段階にあるにせよ、何のために探究をやるのかという価値づけをすべきだと思っています。探究することによってどのような生徒を育てよう、その子たちが地域に出てどんな活躍をしてくれるんだろうというような、先生たちにとってワクワクするような環境づくりですね。
中村同感です。2022年度は探究をスタートすること自体が目的になっていたところもあって、何のために探究をやるのかということがおろそかになっていたことも多いと思うんです。今やるべきことは教育目標の解像度を上げる、自分の言葉に置き換えるということが一人ひとりの先生に必要だと思います。例えばルーブリックを作るということも、評価の視点を持つのと同時に、どのような生徒を育てたいのかという解像度を高めるツールになると思うんです。可視化して生徒に共有しながら、育てたいのはこういう生徒だ、君はどう思っているのかということを話し合えると効果的ですよね。
藤村成果発表会での発表の質を重視しすぎる傾向があるのも気になっています。私たちは12月にプロセスを共有しようという対面の発表会をしています。12月は年度末の最終発表会の少し前なので、この時期にアドバイスがもらえる、成果が出ていなくても発表できてうれしい、悩みを聞いてほしいし、方向性を知りたいと、多くの高校生が参加してくれるんです。プロセスで自分の学びを実感できるし、なんでこの探究をしたのかという価値づけができると、生徒も先生も「探究疲れ」になりにくいと感じています。
中村成果の質とともに学びの質も大事という価値観をあまり先生方が共感できていないのではないでしょうか。リフレクション(振り返り)はそうした意味で有効だと思っています。私は教育の価値観や信念が変化するきっかけについて、多くの先生にインタビューしているのですが、最も強い変化のきっかけが「生徒の変化(成長)に出合う」ことなんです。しかし、生徒の成長には気が付く先生と気が付かない先生がいて、これは何を成長と捉えるかのアンテナの違いなんですね。なので、ミーティングを定期的にして一人の先生が気付いた情報をみんなで共有していけば、いろんなところにアンテナが立つようになって、多くの先生が生徒の変化に気付き、それがモチベーションアップにつながっていくと思うんです。学年会などの中に10分だけでもそういう時間を取り入れれば、先生のモチベーションも全然違ってくると思います。
伴場アンテナって先生の個性なので、いろいろあっていいなと思うのですが、学校全体ではどこの部分を伸ばすべきなのかというアンテナは共有すべきだと思うんですよ。それが学校の文化の醸成につながるわけで。ちょっと話がそれますが、私たちは、ある高校で生徒に何か聞かれたときに「天才だな」と返すようにしていたところ、先生たちも同じような返しをするようになってきた。そうなると探究にネガティブだった先生たちもポジティブな言葉を口にすることで、次の行動もポジティブにならざるを得ない。そうなるとだんだん学校全体がポジティブ思考の校風になっていくんです。
中村面白いですね、それ! 口癖にしてしまうといいかもしれませんね。先生自体が面白がってほめて肯定していくことにつながるわけですね。

ファシリテーター
三菱みらい育成財団 常務理事
妹背 正雄
外部との協働による
教職員の学び
妹背皆さんが今取り組まれている教員研修の特徴や今後の展望について教えていただけますでしょうか。
中村私たちが取り組んでいるコーディネーター教育は、探究学習に関わるあらゆる大人が対象なので、学校の先生だけでなく行政や企業、地域の方々、Bridge for Fukushimaさんからも毎年来ていただいています。7月から始まって約半年間研修が続くわけですが、参加された教育長の方は、最初は言葉を慎重に選んでフィルターがかかっているような発言をされるんです。でも1月になるころには、その教育長という帽子を脱いで素の言動になっているんです。それは多様な人がいて、お互い思ったことを話せるし、受け入れられる安心安全の場があるからだと思うんですね。ある程度長い時間、いろんな人がいる場で研修するというのは大事なコンセプトだと思います。
藤村さまざまな地域の人が集まった研修という面では、私たちは広島県立教育センター主催の4回にわたる探究に関する研修を、青森県・大分県・鳥取県・沖縄県の指導主事が一緒になって創る協働・共創プロジェクトを実施しました。皆さん、すごく楽しくてワクワクしながら進めてくださっているので「チームわくわく」と名付けているのですが、お忙しい中、なんとオンラインで年間22回もミーティングをしていたんですね。今年度は、「研修プログラム開発ワークショップ」として有志の方を募り、わくわくメンバーを核として5つのテーマに分かれて研修づくりを進めています。今は行政の壁もあり5県しか参加できていませんが、こうして「細胞分裂」すればもっと多くの県が参加できるようになると期待しています。用意された研修ではなく、研修プログラムをつくるプロセスを学び合う場を設けていきたいです。
伴場外部から見ていても、今は大きく教育が変わる過渡期であることは間違いないと感じています。今日の皆さんの話を聞いていても、テクニカル面ではなくて、ヒューマンスキルを伸ばすことに重点を置くべきなんじゃないかという思いを新たにしました。しかし教育界だけで閉じてしまうのではなく、外部と融合する役割が今後必要になると考えています。そこでBridge for Fukushimaでは、校長先生を引退された方にスタッフになってもらって、研修をしていただく予定です。ケースメソッドも私がするよりもずっと引き出しがあると思うんですね。こういう方と協働していきたいと考えています。
妹背本日の座談会を振り返っての感想をお聞かせいただけますか。
藤村OECDのティーチングコンパスの図では、中心にアンカーが描かれています。今日さまざまなプロフィール・立場の皆さんとの対話を通して、自分の大事にしていることを言語化し、共有して価値づけしたことで、私のアンカーをまたしっかり深く下ろすことができたなと実感できました。
中村教科と探究のつながりについて話しているときに、伴場さんが「そもそも必要あるのか」と質問されたじゃないですか。私はああいう問いかけがすごく好きなんですよ(笑)。同じような価値観で共通言語で語っていると心地はいいけれども、終わった後何も残らないんですよね。そうではなくて、「そういう視点ってあるよね」と出合えることがとても大事なことで。お二人とは共通点もあれば、考え方の違いもあったけれども、それが自分を振り返るきっかけになる。今日はそのきっかけとなる問いにたくさん出合えたなと感じています。
伴場私も本当に勉強になりましたし、こういう場が日本全国でたくさんできればいいなと思い、そのためには何をしなければいけないのかなという思いに至りました。一つは私たちの取組みのエビデンスがまだまだ足りず、先生方に対する説得力も足りないのかなと。そうした視点を持っていかなければという課題を頂いたと感じています。
妹背今日はいろいろなお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
2025年7月13日 東京・丸の内にて