Program地域DXエバンジェリスト創出プログラム
~高専生がデザインする地域未来~
「地域DXエバンジェリスト創出プログラム ~高専生がデザインする地域未来~」は、地域のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進と次世代リーダーの育成を目的としたプロジェクトである。本プログラムは、長岡市の総合戦略「長岡版イノベーション」において、人材育成と産業振興・起業の促進を主要施策に掲げる長岡市との産官学金連携を最大限に活かし、地域企業や地域社会の課題解決を通じて地域産業を革新するDXイノベーションを牽引する人材の育成を行う。
高専生は、地域企業等のDX課題解決におけるリアルな0 → 1(ゼロイチ)の体験を通じて、「巻き込み力」「課題抽出力」「課題解決力」「GRIT(やり抜く力)」といったスキルを習得し、地域未来を切り拓く人材として成長する。さらに本事業を通じて創出された地域課題の解決策は、産学官金が伴走支援し、地域社会での実装を目指す。
本プログラムを通じて、高専生の創造力と実践力、そして全国に有する高専ネットワークで地域社会に新たな活力をもたらし、高専生が地域のDX推進に貢献する地域DXエバンジェリストとして、地域社会の未来を牽引する存在となることを期待している。


活動レポートReport
高専生が開発したプロダクトを社会実装する「Ent-X」
本プログラム(通称「Ent-X〈アントエックス〉」)は、地域企業のDX課題を解決するプロダクトやサービスを全国の58の高専に呼びかけて開発し、地域社会での実装を目指すもの。DXサービサーや技術メンターのサポートを受けながらプロダクトを開発して企業への導入を目指す超実践型プログラムだ。
「本校では、2015年度から地域企業の問題に学科横断で取り組む『JSCOOP〈ジェイスクープ〉』というPBLを実施し、地域企業が抱える課題を抽出して解決策を提案し続けてきました。年間200人以上の学生が参加し、『課題抽出力』の感度向上と『課題解決力』の強化に大きな成果を上げてきました」と長岡高専の村上祐貴校長補佐は語る。JSCOOPは県内外の協力企業から高い評価を受けており、その後の社会実装まで望む声も少なくなかったが、なかなかそこまで踏み込むことはできなかったという。
時間的な制約に加えて、「社会実装をする段階ではプロダクトやサービスの機能に加えて、収益モデルをどう構築するかといった事業性の検討が必要不可欠になります。起業経験のない私には事業化まで踏み込んだ指導が難しく、これが課題でした。Ent-Xでは民間企業や自治体等の外部機関に協力いただくことで、実際のプロダクトとして世に送り出すことを試みています」と村上校長補佐。パートナーとして選んだのは、県内でアントレプレナーシップ関連やDX推進プラットフォームの運営で定評のあった株式会社イードア。また企業との連携や拠点の活用に関しては、JSCOOPから協業関係にあった長岡市の協力が得られ、さらに元高専生が創業したプロッセル、NextIwateというスタートアップ企業には、身近なロールモデルとしての呼びかけやその後の伴走をお願いすることとなった。
2024年度は、まず課題の抽出企業候補として、関係者へのヒアリングを基に5社をリストアップ。それぞれに訪問説明を行った結果、プロバスケットボールチームの新潟アルビレックスBBに決定した。同社とイードアがミーティングを重ね、「蓄積されたデータの可視化」「ファン一体の応援コンテンツの自動化」「アリーナでの廃棄物削減」という3つのテーマが打ち出された。
課題抽出企業の選定に当たって、イードアの石川翔太新潟支社長はこう語る。「シンボル性と伴走性に重点を置いて選定しました。シンボル性に関しては、プロスポーツチームとして認知性があり、テーマとして学生にとってイメージしやすい点を考慮しました。また、週に1回以上の頻度で学生と打ち合わせを重ね、さらにその都度経営の意思決定にも乗せていただくには、この活動に対する深い理解が何よりも必要。アルビレックスさんはそれらをお持ちであったため、テーマ課題提示地域企業として決定しました」
9月14日、1stステージとしてオンラインによる説明会とレクチャーが実施された。全国から12高専85人の応募があり、そのうち9高専50人が参加。そこから6チームが2ndステージにエントリーし、書類・面談・プレゼン審査を経て選ばれた3チームがプロトタイプ開発のフェーズに進んだ。開発に当たっては、チャットツール上に専用グループを作成し、DXサービサーや技術メンターが常時サポートできる体制を整備。また新潟アルビレックスBBとは社会人がBtoBビジネスで顧客へのヒアリングを重ねるプロセスと同様のシチュエーションを提供し、ニーズや要件を丁寧にすり合わせながら開発を進めた。またチームごとに20万円の開発資金を用意し、コスト管理と運用の実践的スキルも身につけられるように考えられている。

DXサービサーや技術メンターからのサポートは、開発スケジュールの確認や開発を進めるに当たっての考え方、法令等の注意事項から、開発における悩み相談まで広範にわたった
受賞したチームは引き続き実装フェーズへ移行
そして4カ月という開発期間を経た2025年3月9日、成果報告会が開催され、データ可視化課題をテーマに、ビッグデータ活用型AIマーケティング支援ツールの開発を発表した「チーム一関高専」が第1回Ent-X地域企業DX賞とEnt-X賞に選ばれた。このシステムは、AI技術を活用して顧客データの活用、販売戦略の最適化、データ解析業務のコスト低減などを実現するもので、課題を出した新潟アルビレックスBBからも「このシステムを導入すれば、1日当たり社員1人につき1時間の残業が減るという試算が出ています。ぜひ実際に導入したい」という感想を頂いた。
出場した学生たちに伴走したイードアの阿部瑞姫氏は「ビジネスコンテストなどに参加経験のある学生が多かったのですが、これまでのようにアイデアを発表して終わりではなく、特定の企業への実装を目標としていることで、ビジネスの現場での大人との真剣なやり取りが体験できたし、他の高専生との交流により多くのインスピレーションも得て、貴重な経験だったという声が聞かれました」と語る。
チーム一関高専が開発したプロトタイプは、現在、実装に向けてブラッシュアップを進めるとともに、汎用性も考慮に入れて、他企業からの意見も取り入れながらベータ版のリリースを目指している。「プロトタイプの時点で、さまざまなデータの可視化ができる状態にまで開発が進んでいますので、現在は具体的にいくつかの企業のニーズに対して、このツールを使ってもらって検証するテストマーケティングのフォローを行っています。本来は教育の延長程度に留めた方が学生にとっても運営側にとってもプログラムとしては継続的に運営しやすいという側面もあると思うのですが、あえてその先のステージにチャレンジすることで、どこまで高専でアントレプレナーシップ教育を実践できるのか検証することは、社会的にも意味があると考えています」とイードアの石川氏は語る。
Ent-Xの大きな特徴として、学生にとって社会実装に向けた多様な選択肢があるという点が挙げられる。具体的には「1.学生自身が起業して直接サービスを提供する」「2.伴走するDXサービサー企業に知財権を帰属させ、その起業を通じてサービスを提供する」「3.課題を出した企業に知財権を帰属させ、その起業が内製化して運用する」「4.学生が役員として事業を経験できるスーパーイノベーションスクール(SIS)において実装する」の4つだ。SISは実際のビジネスへの挑戦を望む中学生から大学生の受け皿として、2024年に長岡市に新設された会社で、学生のアイデアを社会実装する際、その学生が役員として就任することができ、自身がつくったプロトタイプによって得られた収益に応じて、退任時に役員報酬が受け取れる画期的な仕組みが準備されている。チーム一関高専においては、学生自身の起業という方向に進んでいるためSISを動かすことはないが、「今回のEnt-Xで実装にまでたどり着けなかったアイデアも含め、Ent-X以外でも企業が関心を持ってくれるアイデアが学生から生み出されれば、SISを使って実装への道を探索できるようにしたいと思っています」と村上校長補佐は語る。

2025年3月9日、新潟県長岡市「米百俵プレイス ミライエ長岡」にて開催され成果報告会では、チーム一関高専が開発した「ビッグデータ活用型 AIマーケティング支援ツールFlexiModule」が第1回Ent-X地域企業DX賞とEnt-X賞を受賞。新潟アルビレックスBBから開発資金を頂き、実装に進むことになった
全国6万人の高専生と各地の企業を結びつけるムーブメントに
また、長岡高専だけでなく、全国の高専を巻き込む理由に関しては「長岡市だけでまとまっていたのでは、どうしてもインパクトが小さいですよね。せっかく日本中に高専があって、6万人もの高専生が存在するのですから、Ent-Xによって刺激を受けた学生が一緒に活動し、地域課題の解決を通じてその地域を盛り上げてくれれば、地方創生に繋がるのではないか。学生同士のコミュニティも出来上がってくれば、何年か後には例えば長岡高専と一関高専の学生が協働して和歌山県の企業の課題解決に取り組むということにでもなるかもしれません」と村上校長補佐は楽しそうに語った。
2024年度も全国の高専に広く参加を呼び掛けたが、その反応には地域的にやや濃淡が見られたという。2024年度は全国から50人程度の参加という目標を達成したが、2025年度はEnt-Xというプログラムを全国区にしたいと村上校長補佐は考えている。「共催という形で入っていただく高専を募っていて、既に福島高専、仙台高専、一関高専、秋田高専、鶴岡高専、熊本高専、鹿児島高専から承諾を得ています。さらに増やすために、イードアの阿部さんと九州地区などを説明に回っています」と村上校長補佐。続けて、「助成期間の3年間はブランディング期間と考えています。その間に全国の高専がつながり、長岡市だけじゃなくて、それぞれの地域の企業を巻き込んで各高専の枠を超えて、課題解決に取り組む形になってほしいですね」と語った。
参加した学生の変化や成長については「アントレプレナーシップ教育は、どの教育機関も非常に力を入れています。現状は『起業家マインドの醸成』に注力されており、学生の起業に対するマインドもポジティブに変化しつつある中で、実装までやり抜く次のステップが必要だと感じていました。Ent-Xでは実際の企業が抱える課題を解決するプロダクトを考え、最終的に実装するわけですから、企業からも伴走するメンターからもかなり厳しい言葉を投げかけられる場面があったでしょう。学生の目つきもどんどん変わっていきました」と語る村上校長補佐。その目には既に長岡市を飛び出し、全国の高専と各地の企業、自治体、DXサービサーが結びついた拡大版Ent-Xの姿が見えているようだ。