ProgramレッツMEdit Q!「医学をみんなでゲームする」
-シリアスゲーム開発で社会と医療を変える21世紀型STEAM教育カリキュラム-
医学を題材としたボードゲーム(シリアスゲーム※)を参加者が自らデザインするSTEAM教育カリキュラムである。編集工学の情報編集の型を用い、テーマ設定から、ルールの設計、企画書の執筆、試作、テストプレイまでの、ゲームデザインの一連の流れを学ぶ。
上記のプロセスにおいて、自身の学習方法をふりかえったり、他者視点に立って物事を考察したり、医療の在り方を見直したり、多角的な視点で医学をとらえなおす「総合的な知の力(リベラルアーツ)」を育てていく。
医療従事者は確かな医学知識や技能を有するだけでなく、社会ニーズや課題に敏感であること、また、多様な価値観を持つ患者に接するための豊かな教養も不可欠である。
本カリキュラムは、医療系学部を中心に9学部を擁する健康総合大学である順天堂大学において、ゲームデザインの手法を用いた教養科目としての導入を目指す。
必修科目の多い医療系学部では教養科目の不足が問題視されており、動画教材などを用いた柔軟なカリキュラムを設定し、様々な分野の学生が混ざって学習を進める環境を提供し、多職種連携教育にも寄与してまいります。
※シリアスゲームとは、学習など娯楽以外の用途を目的に含むゲームのことをいいます

活動レポートReport
医学教育の課題から生まれた、医学×ゲームによる新しい学び
2025年11月のとある週末。順天堂大学内の一室で、医学をテーマにしたゲーム作りのワークショップが行われていた。テーブルを囲むのは同大の医学生や医師、高校生、社会人といった肩書や年代も異なる参加者たち。この日は、参加者が作ったゲームのテストトライアルが行われており、テーブルの中央には、高校生が作った消化管をモチーフにしたすごろく形式のゲーム素材が広げられている。遊びながら日々の摂取カロリーを意識して生活習慣病の理解を深めてもらうことを狙いとしたゲームで、参加者たちはプレイしながら意見を交わしていく。同大学の小倉加奈子医師と發知詩織医師からは「ゲームの目的を消化器のメカニズムを知ってもらうことに絞ったほうがが良いかも」、医学生からは「ガンがあったら大腸が詰まって排せつ物が進めないといった事象を取り入れるのはどうか」などのアドバイスやコメントが飛んだ。
このワークショップは、Medit Lab順天堂大学STEAM教育研究会(以下、同研究会)が主催する、医学をテーマにしたアナログゲームをつくるSTEAM教育カリキュラムの一環だ。会の代表で病理医を務める小倉教授は、発足の背景について「近年の医学部は学ぶべき知識が膨大で、私が学生だった時と比べると、専門のカリキュラムが過密になっています。その分、教養課程が貧弱になっているという課題を持っており、医師としてのプロフェッショナリズムを育成するため、倫理観など教養の部分をもっと底上げしたいと考えていました」と語る。
医師として必要な高いリテラシー、そして治療の道筋を自ら描き出す力をどう育むのか―。小倉教授が問いの先に見つけたのは、「編集工学」に基づいたゲーム制作を学びに取り入れるという発想だ。編集者の松岡正剛氏が提唱した「編集工学」は、情報をインプットしてアウトプットするまで頭の中で起きている全体を「編集」として捉え、その編集の過程を、段階的に振り返り、工学的に分析して情報の扱い方を工夫していくことで、「学び方を学ぶ」ことができるという考え方だ。「松岡氏が運営する編集工学研究所と、経済産業省『未来の教室』のSTEAMライブラリー事業に参画し、編集工学と医学をかけあわせた動画教材を製作しました。その取組みの中で、中高生の教材として感染症が学べるカードゲームを作ってみたところ、中高生の感染症理解に役立っただけでなく、作った私たちにとってもプロセスから学ぶことがたくさんあり、教養教育の突破口になるのではないかと考えました」(小倉教授)
小倉教授はゲームを作る過程で得られる力について、①物事や社会の仕組みを理解できる、②試行錯誤を繰り返すことでレジリエンスが身に付く、③他者(プレイヤー)視点に立った考察機会、の三つを挙げる。「ゲーム作りはリベラル・アーツと親和性が高く、『学び方を学ぶ』上では最適な方法だと考えています」(小倉教授)
この経験をきっかけに、2022年から“医学生の教養教育としてのゲーム作り”を軸とした同研究会の活動が始まった。
情報編集メソッドを12段階ワークで学ぶ実践型プログラム
本カリキュラムは、全学部1年生の履修希望者を対象とした教養科目を想定して作られており、2024年度からパイロットプログラムとして対面とオンラインを織り交ぜたワークショップ形式で展開されている。2022年に「リベラル・アーツとしての医学」を学ぶ実験の場として設立された同研究会は、これまでの取組みでも大学内に留まらず、中高生から社会人と広く門戸を開いて実施してきた。本カリキュラムに関しても、実際の医師が多様な人たちと接するように、多様な世代と交流が図れるよう、大学内外の公募で参加者を募った。
2024年度・2025年度共に、7月に順天堂大学で対面のオープニングイベントを実施し、その後半年間かけてウェブワークを実施。2025年度に刷新されたウェブワークは、ゲームのネタ集めから作品の魅力を伝える企画書づくりまで一連の流れが学べるよう「12段階のワーク」に構成されている。ワークは4つの情報編集メソッドに分類され、メソッド①情報の見方「わける/あつめる」、メソッド②情報の関係づけ「つなぐ/かさねる」、メソッド③情報の構造化「しくみ/みたてる」、メソッド④情報の表現「きめる/つたえる」という流れで、ゲームを完成させる仕組みとなっている。各メソッドにはそれぞれ3つのワークが設定されており、全部で12のワークをやり遂げた参加者には12月のクロージングイベントで修了書が渡される。
またウェブワークを実施している間は月1回、名作といわれるゲームを体験したり、自分が作ったゲームのトライアルの場として、冒頭で紹介したような対面の機会を「Meditカフェ」として開催。医学生は参加者という立場だけでなく、時にTAやファシリテーターの役割を務め、多様性に富んだ参加者の価値観や視点に触れながら、医療従事者として必要な患者の立場に立ったコミュニケーションを鍛える機会となっているという。小倉教授は「医療現場において、医師にとっては日常でも患者さんにとっては一生に一度の体験という場面は多い。だからこそ、他者視点に立ったコミュニケーションスキルが一層大事だと考えています。その点ゲーム作りも同じで、相手の気持ちや立場になってみないと面白いゲームは絶対にできません。医療従事者として患者さんの気持ちに常に寄り添うトレーニングの効果は感じています」と話す。
「ゲームというアウトプット」がもたらした教育的成果
2025年12月に行われたクロージングイベントでは、ゲスト審査員としてゲーム作家でもある東京科学大学リベラルアーツ研究教育院の山本貴光教授と、同大学スポーツ医学研究室の福島理文准教授が登壇し、小倉教授・發知先生と共に、参加者が12のワークにどのように取り組んできたのかを振り返った。
その後は、実際に修了者が形にしたゲームを評価する「MEdit G(ゲームのG)-1グランプリ」を実施。エントリーした6人が自作のゲームの制作過程や魅力をプレゼンテーションし、イベント参加者68人が実際に遊んで気に入った作品に投票するなどして観客賞、審査員賞、MEdiet賞を決めた。
「くるベビ」というゲームでG-1グランプリに出場した同大学4年生の福田彩乃さんは、「産婦人科で実習中に、出産時に赤ちゃんが回旋しながら出てくる自然の摂理に感動しました。人間の体は立体なので頭で理解するのは難しいため、ゲームで伝えたらわかりやすいのではないかと思いました」と発想のきっかけを話す。福田さんは2023年から同研究会の活動に参加し、2024年度もG-1グランプリにエントリーしている。「病院の実習中にどんどんアイデアが思い浮かび、ゲームにするためにさらにその分野を深く学ぶというサイクルになっています。今までは知識としてインプットして終わっていたものが、ゲームというアウトプットに出合えたことは良かったと思います」と面白さを語る。小倉教授は「専門科目の負担が大きい大学生の参加者を獲得するのが難しかった一方、想像以上に多くの高校生が参加してくれました。医師や医学生と交流できたり、医学に触れられる機会が医師を志す高校生の受け皿となっていることを嬉しく思います」と振り返る。
2025年度のカリキュラムの内容。メソッド1ではゲームのネタ集めを通じて情報の集め方や集めた情報の見方や問いの立て方を学び、メソッド2では情報同士の相性に注目し、どのようなテーマをどのゲーム形式に当てはめるか考え、メソッド3はゲームの組み立て方の学習を通じて情報の構造化を学び、メソッド4では自作ゲームの魅力を伝えるために企画書づくりやゲームのタイトル付けを学ぶ。
2025年11月末に行われた「MEditカフェ」の様子。「G-1グランプリ」にエントリーした4人が自作ゲームを持ち寄り、テストプレイを行った。参加者からはさまざまなアドバイスが飛んだ。
2025年12月に行われたクロージングイベント。プログラム参加者やその家族、友人たちが集まった。今回の修了者は全部で17人となった。
順天堂大学4年生の福田さん(左から3番目)は「胎児回旋」をテーマにしたカードゲームを作成。分娩時に胎児が産道を通過するために必要な姿勢の変化は、通常4つの段階に分けられており、そのメカニズムを伝えるゲームになっている。
G-1グランプリにエントリーした終末期の患者さんのケアを参加者で考える協働型のカードゲーム。制作した高校生がイベント当日に体調を崩してしまい、保護者(一番右)が代わりに参加した。数カ月前に離れて暮らす祖父を亡くし、その際に近所の方々が助けてくれた体験がこのゲーム制作のきっかけになったという。「MEdit Labに参加してから自発的にいろいろな方にお話を聞くようになり、このゲームを作るうえでも終末医療に関わる方々にインタビューをしていました」と保護者の方は子どもの変化について話す
大学内で閉じるのではなく、誰でも立ち寄れる”縁側的“な学びの場へ
研究会の発足当初、本プログラムを2026年度に大学の正規の教養科目として導入することを目標に掲げていたが、現時点ではその達成は難しいという。その背景には、カリキュラム構成における専門科目の比重が近年さらに大きくなり、教養課程に割ける時間が限られているという現状がある。このような傾向は順天堂大学に限らず日本の多くの医学部に見られており、同研究会では大学に働きかけてきたが、現状では新たな教養科目を組み込む余地は今のところないという。
しかし小倉教授は前向きだ。「単位を取れるカリキュラムでなくても、教養教育として深い学びを提供できている手応えはあります。これからも定期的に開催し、どの学年、学部にも開かれた学びの場として長いスパンで実施していきます。また学生の意欲を促進する方法として、良質なゲームが完成した場合に商品化したり、高校の保健体育の教科書に使用したりするなど、社会実装する道も考えています。引き続き、高校生や一般の方も参加できる、大学の縁側的な学びの場としての面白さも発信していきたいし、そういう価値を作り出していきたい」と語る。同研究会が目指す“医学部の教養教育”は、さらに広く深く発展していこうとしている。