カテゴリー 22021年採択

国立大学法人 和歌山大学

対象者数 1000名 | 助成額 755万円

http://sora-edu.crea.wakayama-u.ac.jp/high_school/

Program「子どもの遊び」で終わらない、宇宙へのチャレンジ実践プログラム

 全国の高校生に、「子どもの遊び」で終わらない実践的な宇宙へのチャレンジ機会を、「宇宙甲子園」として提供。火薬を使ったモデルロケットを使用することで、技術だけではなく「安全」や「プロジェクトの意味」を学んでいく。

 「ロケット甲子園」ではロケットとしての「正確さ」(飛翔高度や飛翔時間)と「安全性」(搭載された生卵を破損させない・機体を破損させない)を競う。

 「缶サット甲子園」では「自ら設定した課題」に対し、「チームメンバーの総力を結集した解決法」にて、ロケットで運搬した「缶サット」(飛行ロボット)を駆動させ、未来を切り開くCoolなアクティビティを競う。

 従来、地域の皆さまが「安心」して、参加者が「安全」に実施できるロケットの打ち上げ実験の環境整備と指導者のネットワークは構築されておらず、このような実験ができる場所は全国的にも限られており、高校生にとっては遠方での参加をすること自体が高ハードルとなっていた。

 今回のプログラムでは各地域に実験場の整備と指導者の全国的なネットワークを構築することにより、全国の多くの高校生がチャレンジできる機会を提供していく。

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全国の「宇宙教育」の環境を整備、日本の宇宙開発の活性化を目指す

 2022年7月、英国で開催された高校生による国際ロケット大会「International Rocketry Challenge2022」で、優勝チームとして呼び上げられたのは、日本チーム・普連土学園理科部の高校生3人。「その時の米国チームは『まさか』という表情で日本チームを見ていて、快哉を叫びたかったですね」と和歌山大学の秋山演亮教授は笑いながら話す。本大会には、秋山さんたちが主催する宇宙教育プログラム「宇宙甲子園」の一つ「ロケット甲子園」の優勝チームが毎年日本代表チームとして参加しており、普連土学園は2021年度の優勝チームとして本大会に参加、今回日本にとって初の優勝をもたらした。「米国では子どもたちのロケット打ち上げが盛んで国土も広いから何度も打ち上げ練習を積んできている。それに対して日本は国土が狭く、特に港区にある普連土学園は打ち上げる場所がほとんどないという中で挑んだんです。優勝の重みが違いますよね」と秋山さん。米国の代表は600校から選ばれているが、日本は5校の代表。この数字にも表れているように、日本は優れたロケット技術を持ちながらも、歴史的また地理的な背景から宇宙開発・宇宙教育が大きな制約を受けてきた。「宇宙甲子園」はこうした危機感からスタートしたといえる。

「International Rocketry Challenge2022」で優勝した普連土学園のチーム

缶サットも世界大会が開催されており、「缶サット甲子園」の優勝チームが日本代表として参加

日本の宇宙開発への危機感からスタート

 日本の宇宙開発の歴史をひもとくと、戦後にまでさかのぼる。当時はGHQにより日本は航空機研究を禁止されていた。戦時中に戦闘機の設計に携わっていた東京大学の糸川英夫教授は、渡米した際に米国のロケット開発を知り、帰国後ロケット旅客機開発に心血を注ぐ。そして1955年に秋田県道川海岸で国産ロケット「ペンシルロケット」の打ち上げ実験に成功する。「その2年後にソ連がスプートニクを打ち上げますが、ソ連や米国のロケットは、ナチスのV2ロケットを基に開発しています。しかし日本はペンシルロケットという独自の技術を基に開発した人工衛星を打ち上げてきたんです」と秋山さんは話す。そして2003年に宇宙探査機「はやぶさ」が打ち上げられ、世界で初めて小天体から試料を採取・持ち帰ることに成功し、「はやぶさ」ブームが巻き起こる。「しかし『はやぶさ2』の打ち上げ計画はなかなか進まず、結局はやぶさ2が打ち上げられるまでに11年もかかりました。積極的に宇宙に挑もうとする人材がいないのではないか。日本の宇宙開発に大きな危機感を持ったのはこの時です」と秋山さんは話す。

 そのような時、初の日本ロケットの打ち上げに成功してから50年に当たる2005年に秋田で宇宙教育につながるプロジェクトができないかという話が持ち上がり、当時秋田大学にいた秋山さんが中心となって実現に向けて動き始めた。火薬を使ったロケット打ち上げの宇宙教育を行っていた日本モデルロケット協会との共催で、機体設計・製造・シミュレーションの正確さを競う「ロケット甲子園」、自作した缶サットを打ち上げ、上空での放出・降下・着地の過程の中で自ら設けたミッションを行う「缶サット甲子園」がまずスタートした。缶サットとは、東京大学の中須賀真一教授が開発した、350㎖缶サイズの模擬人工衛星「CanSat」のことで、大学生と共に市販部品で作り上げた。その技術を基に作られた人工衛星は2003年に宇宙に打ち上げられ、今でも宇宙で稼働している。缶サットはロケットと異なり打ち上げ高さが100mと低いため実施しやすく、日本全国で地方大会、全国大会、そして海外大会という形で展開。地方大会は現在5カ所で開催されており、その実施主体は、行政や企業、先生たちの有志などさまざまで、日本全国の宇宙・宇宙教育に関心を持っている人々の熱意によって支えられている。

ロケット甲子園の様子。200mは飛ぶため、入念に安全を確認して実施している

高校生たちが制作した缶サット。2021年度の「缶サット甲子園」地方大会は、岐阜・福井・和歌山で開催し、それぞれ4チーム16名、7チーム34名、7チーム40名が参加した

将来の宇宙開発を支える人材へつなげる

 実はこの土台は、2000年代にJAXAの宇宙教育センターによってつくられていた。「初代センター長を務めた的川泰宣さんは、『はやぶさ』プロジェクトメンバーの一人。センターでは学校でできる宇宙教育の教材作りと宇宙教育ができる人材『宇宙教育リーダー』の育成に取り組まれ、その認定をもらった人が全国に増えていった。私もその一人です」と秋山さんは話す。「的川先生は常々、宇宙は子どもの心に火を付けるのに一番いい教材だと話されていました。実際スプートニク以降、子どもの宇宙への関心は高まり、世界中で火薬ロケットを使った実験教育が行われていますが、日本は狭い国土という制約、また過度に『危険ゼロ』を求める傾向からほとんど行われていないのが現状です。しかし実際には『危険ゼロ』の社会はあり得ません。危険は常に隣り合わせであり、その認識を持って安心・安全のための不断の努力を続けることで安心安全が保たれている。そのことを高校生に教えるべきであり、その上で宇宙や未知の世界を開拓していく精神を育成していければと思っています」。

 2021年度からは、成層圏まで気球を飛ばす「気球甲子園」、天文地文を自ら作った計器で計測する「天測甲子園」の二つを追加し、四つまとめて「宇宙甲子園」としての取り組みをスタート。実験場の整備を各地で進め、「宇宙教育リーダー」を中心とする人材の再統合を目指し、全国の宇宙教育の底上げを図っている。

 しかし「宇宙教育」とはいえ、必ずしも宇宙業界への進路を促すものではないと秋山さんは話す。宇宙甲子園はチームでの参加が必須。単に技術力だけでなく、チーム内での協調や、実験する場合は周囲との調整などが必要になってくる。大学生になると官公庁への申請や地域住民への説明などの調整もする。多くのタスクをこなし、ようやく打ち上げにつなげても、シミュレーション通りにはいかないこともあり、失敗の可能性がある中、打ち上げるのかどうかの判断も試される。社会人になってもあの時の判断が正しかったのか分からないと言ってくる参加者はたくさんいるというが、それだけ真剣に取り組んだ証拠であろう。

「2005年から約1万人がこのプロジェクトに参加しましたが、その中の一部しか宇宙業界には進んでいない。でもそれはわれわれにとっては予想通りなんです。多くの参加者は各産業に散らばって、宇宙教育の中で経験したプロジェクトマネジメント力、決断力などを発揮しています。10年後には宇宙業界の市場は200兆円規模になるといわれ、その時に彼らが戻ってきてスキルを発揮してくれるはず。その手応えも感じています」と秋山さん。秋山さんももともとはゼネコンの会社員だったが、宇宙への情熱を捨て切れず、30代で宇宙研究に転身した経歴を持つ。戦後から宇宙への情熱を一途に持ち続けてきた人材が、さまざまな困難を乗り越え、日本の宇宙開発を今につなげている。そして今、次の世代へのバトンタッチがこの「宇宙甲子園」を通して行われている。

「全国の宇宙教育を支えている人たちのネットワークを活性化して、甲子園の地方大会を整備していきたい」と話す秋山先生

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