カテゴリー 52021年採択

国立大学法人 東京学芸大学 

対象者数 10000名 | 助成額 4000万円

https://g-tanq.jp/

Program高等学校における授業及び教師教育モデルの開発・普及プロジェクト

  高校探究プロジェクトは、全国の高等学校に、各教科の探究的な学びや「総合的な探究の時間」などの教科横断の探究の双方を射程に入れ、高等学校教員の「探究的な学びの実践コミュニティ」の創出およびその持続・自走可能化を目指すプログラムである。教育委員会等とコンソーシアムを組み、また、国立教育政策研究所の調査官・研究官、統計数理研究所、教育産業、NPO、私立学校等と協働的にアプローチしていく。

  具体的には、第1に、教材開発・検討、授業案作成・検討、研究授業、事後協議・省察の4フェーズからなる「授業研究ワークショップ」を開催し、成果と課題をふまえ対象や形態の多様化を図りつつ継続的に実施する。

 第2に、授業研究ワークショップを通して開発した授業や探究教材、授業研究会の映像等はライブラリー化し、ワークショップへ参加した教員以外も利活用できるようにし、探究的な学びを実践するコミュニティの形成につなげる。 

  第3に、いくつかの教育委員会等と連携し、授業研究型教員研修プログラム、地域横断型研修プログラムのプロトタイプの開発、並びに、ワークショップで活用できる教師教育用教材(ツールキット)を作成する。

  第4に、本プログラムの実践を通して教師教育や授業研究に関する研究を行い、得られた知見を、論文にまとめ、広く発信していく。また、教職大学院において2024年度開講予定の授業科目「社会に開かれた探究と創造の学びのデザイン」の授業内容等を具体化する。

 

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「点を線に、線を面に」をコンセプトに 「探究的な学びの実践コミュニティ」創出を目指す

 2022年12月18日、東京学芸大学で「『総合的な探究の時間』共創イベント」が開催され、関東圏をはじめ兵庫や京都、滋賀から11の高校が参加し、学校の取り組み発表や探究活動の経過報告としてポスター発表やスライド発表を実施。120名を超える高校生と教員、教育委員会の指導主事等、教育関連会社員等が交流した。生徒からは「刺激や勉強になった」というポジティブな感想が聞かれる一方、先生からは「生徒の生の声を聞くと、教員が教員の枠内で探究させているように感じた」「教員がここまではできるとか、これはできないとか、その境界線を勝手に引いている。これを教員が引いている限り、生徒は探究したくてもできないのではないか」という現状に対する反省の声も聞こえたという。「生徒にはやる気があるのに、先生がその思いに応え切れていないということに気が付いてくれたんだと思います」と同大学の「高校探究プロジェクト」のリーダーを務める西村圭一教授は話す。「高校探究プロジェクト」では、高校での探究的な学びを実現するために、①教科において育成すべき資質・能力に焦点化した授業・教師教育モデルの開発、②教科横断型の探究カリキュラムの開発・教師教育モデルの開発、③ ①②の成果を基にした東京学芸大学教職大学院(教員養成に特化した専門職大学院)における授業科目やオンライン教材の開発に取り組んでいる。フィージビリティースタディを2019年からスタートさせており、これまで現場のさまざまな声を拾ってきた。

 自分の考えが合っているか不安、できないと思っている、失敗が怖い、“答え”を知りたい――。「これらは生徒ではなく、先生方からの探究に対する率直な『声』です。現在日本の探究の課題の大元はここにあります。既に探究的な学びの重要性を理解している教員や学校はいらっしゃいますが、それはまだまだ『点』としての存在であり、これをつないで『線』にし、さらには『面』に広げていくことが、学びの質の二極化を防ぐ上で必要と考えています。『点を線に、線を面に』をコンセプトとして掲げ、高校教員の『探究的な学びの実践コミュニティ』の創出を目指すべく、当大学のリソースを活用してさまざまな施策を打っています」(西村教授)。

学校や地域を超えて、「探究」に関する思いや悩みを共有する場として、「私たちの『探究』をつくろうプロジェクト」のキックオフ交流会を2022年7月に実施。ここでの話し合いから高校生の率直な声を基に、12月に「『総合的な探究の時間』共創イベント」を実施した。

「モデル授業」をつくるのではなく「授業のつくり方」を学ぶ研修

 東京学芸大学の連携校・湘南白百合学園中学・高等学校の数学の授業に、同校の数学科の教員全員と同大学の西村教授が集まる日がある。放課後、授業を観察した教員が集まり、どのように数学に探究的な学びの要素を入れていくべきか、生徒の様子を写した動画を分析しながら意見を出し合う。これを2カ月に1回繰り返していく。「これが授業研究会です。モデルとなる授業をつくるのではなくて、このプロセスを通して、先生たちが『授業のつくり方』を学んでいくことを目的としています」と、西村教授は話す。

 2022年度から「総合的な探究の時間」が本格的にスタートしたが、探究的な学びを「総合的な探究の時間」の枠のみで考える高校も少なくない。こうした現状を踏まえ、東京学芸大学では、国語や数学などの教科と、「総合的な探究の時間」の双方を視野に入れた教科横断のプロジェクトを進めている。湘南白百合学園での数学科の授業研究は既に3年前から実施しており、2021年度からは他の教科への普及を図っている。

 北海道でも教育委員会と連携し、2021年度には国語・地歴・数学・化学の教科別に、指導主事・授業者(授業を行う教員)・協力教員・学芸大のメンバーで、授業改善検討チームを構成。教科チームで、教材開発・検討,授業案作成・検討,研究授業、事後協議・省察の4フェーズ1サイクルからなる「授業研究ワークショップ(WS)」のノウハウをベースに、オンラインで複数回にわたり学習指導案を検討し、その上で研究授業、研究協議、協議の振り返りを行った。2022年度からは外国語(英語)科も加わり、参加する高校も増えてきているが、「『探究とは何か』という目線合わせをする学習指導案の検討をスキップし、研究授業当日のみに参加する先生が増えてくると、チームメンバーの先生と温度差が出てしまうという課題も見えてきました」と西村教授は話す。2022年度は、新たに大分県教育委員会から、また長崎県内五つの学校から成る文理探究科連絡協議会からも本プロジェクトへ協力要請があった。北海道や大分県のように教育委員会が主体となっている場合と比べて、長崎県の場合は現場の教員が中心となり、教科ごとにチームをつくって進める体制を採ったため、リーダーシップが取れない、現場が多忙などの理由から最初はなかなか予定通りに進まない教科もあったが、「徐々に協議の質も高くなり、新しい教員の方が参加くださったり、研究授業への参加を県内に広く呼び掛けたり、指導主事が積極的に関わるなど、主体的な動きが出てきました」と、学芸大学「高校探究プロジェクト」事務局の藤村祐子准教授は話す。ここでも、北海道と同じように、当日参加した教員との温度差が出ていたが、「研究授業後の協議会をWS形式にして、対話することで解消できている部分もあります。この協議会の様子を動画に編集して共有することも効果的ではないかと考えています」(藤村准教授)。

 2021年度まで文科省主任視学官(教育行政に関する連絡や指導・助言を行う職)を務め、現在は「高校探究プロジェクト」事務局の特別顧問を担っておられる長尾篤志特命教授は、「先生たちに授業の目標を書いてもらった後に生徒の現状などを聞くと、実態にそぐわない目標を掲げていることがほとんど。自ら高い理想を掲げてしまうことが、先生自身のプレッシャーになっています。できるところからでいい、小さく生んで大きく育てましょう、と伝えています」と話す。

湘南白百合学園中学・高等学校の数学の授業を視察する西村教授(奥)。生徒と教員のやり取りを細かく観察する。

授業の視察後には、西村教授(一番右)と数学科の教員で授業を振り返る。

各教科・「総合的な探究の時間」で活用できる「ツールキット」の制作

  2022年度は全国の高校を対象にした、世界史/歴史総合(32人参加)、国語科(37人参加)、数学科(教員向け/指導主事・各校のリーダー向け)等のワークショップを実施している。世界史/歴史総合のWSには小・中学校の先生も参加してくれ、それが大きな刺激になったと担当した同大学の日髙智彦准教授は話す。「高校の先生は知識は与えるものであり、小・中学校で不十分だったことを教えるのが高校の授業だという意識が強いのですが、実際に小・中学校の先生と交流してみると、実は小学校の方が探究的な授業をしていることに気が付いたようです。WS終了後に授業づくりメンバーを募集したところ、小・中・高校の6人の先生が手を挙げてくれ、お互いの授業を映像に撮って対話するなど、月1回検討会を実施しています」。数学科の教員向けのWSには約30人が参加、6~7人の4チームに分かれて行っている授業研究のサイクルも既に3~4周目に入っているが、チーム内だけでなく、他チームとの交流が自主的に始まった。また2022年12月には5チーム目となる新規チームを結成するに至っている。

 また滋賀県高等学校理科教育研究会・化学部会(有志教員の会)から要請があり、同プロジェクト委員の教授と共に授業研究WSに取り組むと同時に、「化学実験をベースとした授業づくりWS」を企画。2023年度にかけて計4回を予定しており、2022年12月に行った第1回目では、「分離・精製」をテーマにした実験を各自が事前に実践し、この実験が生徒のどのような資質・能力の育成につながるかについて対話を行った。実験を事前に行うということでハードルが高いと思われたが、約40人が参加、Slackを通しての交流も活発で、現在、3月開催の第2回に向けて交流が続いている。

 西村教授は「いずれも横展開はわれわれの手を離れて進んでおり、最初のきっかけづくりや並走した助言も、附属学校や地域の大学教員、もしくは指導主事が行うのが理想だと考えています」と話す。そこで関係者が自律的に授業研究を進められるよう、同大学では各教科・「総合的な探究の時間」で活用できる「ツールキット」として動画や教材を制作、「高校探究プロジェクト」のWebサイトにアップしている。中でも「授業の実践例」動画はこれまで同プロジェクトを実施してきた授業のリアル動画であり、同大学が積み重ねてきた経験と知見などのリソースがあったからこそ提供できたツールと言える。また実践例と合わせて「目指すべき授業の在り方」という動画もセットとなっており、「探究」に取り組む際の素地づくり、目線合わせができるようになっているのも特徴となっている。「2021年度はPV1万9,626でしたが、2022年12月現在6万3,000まで伸びてきており、かなりの方がしっかりと目的を持ってアクセスしてくれていると考えています」(西村教授)。

 また指導主事にフォーカスした取り組みとして、2022年9月には指導主事向けのオンライン対話を実施。全国から参加した約50人からは「指導主事自身がやりがいを感じ、先生方のエージェンシーを育んでいきたいと強く思った」「頭の中で(研修の)実現の難しさを考え、ふたを閉じてしまうことも多くある。今日頂いた勇気を持って次年度に向けて準備したい」など、大きな反響があった。うち広島県教育センターの指導主事2人から「地域を越えた協働・共創研修モデル」の提案があり、この周知もかねて2023年1月に第2回目を実施。多くの賛同を得て、現在、2つの教育センターや教育委員会が,この研修に参画予定で、実現に向けて協議を重ねている。

「高校探究プロジェクト」のWebサイト。ツールキットの他、イベントやワークショップの開催案内や報告なども発信している。

「高校探究プロジェクト」のWebサイトは主に教員や指導主事向けのコンテンツで構成されているが、「総合的な探究の時間」のページでは、情報収集や分析、発表の仕方やレポート・論文のまとめ方など、生徒向けのコンテンツも掲載されている。

教員養成の観点から、探究の要素を取り入れていく

 今現場に出ている先生だけでなく、これから先生となる人材育成向けのアプローチも進めている。その一つが、「高校探究プロジェクト」が開催するイベントを演習の場として活用することだ。冒頭で紹介した高校11校が参加した共創イベントでは、実際、東京学芸大学の学生がファシリテーターを務めている。「教職大学院には、探究に関する科目を設置することになっています。われわれの現場で演習をしてもらい、振り返り、また現場で実践するというサイクルをつくっていきたいと考えています」(西村教授)

 同大学の佐々木幸寿理事・副学長は、「現在の教員養成の仕組みを見てみると、教員免許を持っていることと、教員としての資質があるということが全く別物になっており、教員養成自体が制度疲労を起こしていると感じています。私は学内で『高校探究プロジェクト』以外に八つのプロジェクトを持っていますが、それらを組み合わせ、探究の要素を取り入れながら、われわれが提示する人物像、自己診断、本人の資質能力の三つを重ね合わせて履修できるシステムを検討しています。その仕組みをゆくゆくは国内の教員養成大学に普及させていくことを目指しています。仕組みの中に命を吹き込むというチャレンジを本格化させていきます」と話す。

 不安定な世界情勢、ICTやAIの進化、少子化の加速、貧困問題など、教育をめぐる環境に劇的な変化が起きている今、改めて「教育はどうあるべきか」という根本的な問題が突き付けられている。明治から今日に至るまで日本の教育を支える人材を輩出してきた東京学芸大学が、高校での探究的な学びの実現も含め、この課題にどう取り組んでいくのか、注目していきたい。

「『探究的な学びの実践コミュニティ』の創出・拡大に向けて、日本の社会、高校教育を動かす大きな力を生み出していきたい」と話す佐々木幸寿理事・副学長。

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