カテゴリー 32022年採択

国立大学法人 東京大学 生産技術研究所

対象者数 100名 | 助成額 1800万円

https://ong.iis.u-tokyo.ac.jp

Programインクルーシブな未来社会をデザインする
東京大学STEAM型創造性教育プログラム

 国際的な総合大学である東京大学の多様な研究・教育リソースを生かし、本教育プログラムでは、グローバルな視点に立ち、インクルーシブな未来社会をデザインできるイノベーション人材として、「新しい知の創造」そして「社会的価値の創造」を実現できる創造性を持った人材を育成することを目的とする。

 理系や文系の枠組みを超え、Arts(芸術、リベラルアーツ社会科学・人文科学等)を強化した3段階のSTEAM(Science, Technology, Engineering, Arts, and Mathematics)型教育プログラムを実施する。卓越した意欲と能力を持った高校生を発掘し、社会的課題を発見し解決できる能力を、STEAM型ワークショップや研究活動を通して養っていく。そして、科学的なものの見方と共に、未知かつ答えが一つではない課題に対して、論理的・合理的に解決を図ろうとするデザイン思考を兼ね備えた、Co-creation(共創)と Co-existence(共存)のためのインクルーシブな未来社会を創造できる人材を育成していく。

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技術研究所ならではの「Arts」を重視したSTEAM教育で、次代の研究者を育む

  東京大学生産研究所は、大学に附置された研究所としては国内最大級の規模を持ち、1949年の設立以来、基礎から応用まで工学全般にわたる研究活動を行っている。

  同研究所では、日本の将来を担う次世代の理工系人材を育成すべく、1990年代後半から中高生を対象としたキャンパス公開や出張授業などを続けてきた。その一環として、2011年には産学連携による最先端科学技術の学校教育導入を目的とした「次世代育成オフィス(Office for the Next Generation:略称ONG、室長:大島まり教授)」を設置。「東京大学グローバルサイエンスキャンパス(UTokyoGSC)」など、科学技術人材を育成するプログラムを継続的に実施している。

  これらを通じて蓄積してきた実績やノウハウ、人脈などを駆使し、2022年から三菱みらい育成財団の助成のもとにスタートしたのが「インクルーシブな未来社会をデザインする東京大学STEAM型創造性教育プログラム(以下、本プログラム)」だ。その狙いについて、川越至桜准教授は次のように説明する。「VUCAと呼ばれる予測困難な社会にあって、経済的な発展と社会課題の解決を両立させるには、科学的なモノの見方で未知の課題を発見する力や、唯一解のない問いや課題に対し最適解を導き出す力が求められます。これらを培うための教育手法として、当研究所ならではのSTEAM型教育プログラムを立ち上げました」。

  STEAM教育とは、Science、Technology、Engineering、Arts、Mathematicsの頭文字を取ったもの。Artsをファインアーツ=芸術と捉えるか、リベラルアーツ=一般教養と捉えるかは、未だ意見の分かれるところだが、エンジニアリングの研究所である同研究所では、後者により重きをおいた考えに立っている。しかし、そのエンジニアリングの研究所が、なぜ人材育成なのか?

「もともと理工系の知識を活用した教育手法にArtsが加わることで、社会科学や人文科学といったリベラルアーツの要素が強化されるとともに、理系・文系の垣根を越えた横断的な教育が期待できます。STEAM教育を効果的に実践するには、受講する生徒たちに、いかに先端知識と実際の社会課題との接点を体感してもらうかがカギとなります。その点、当研究所には産学連携を通じて先端技術の社会実装に努めてきた歴史があり、そのプロセスをワークショップなどを通じて教育にトランスファーすることで、科学的な素養を育んでいきたいと考えています」(川越准教授)。

本プログラムを牽引する川越准教授は、もともと宇宙物理学を専門としていたが、現在は「次世代の科学技術リテラシー向上」や「STEAM教育」を専門としており、「工学×教育×コミュニケーション」をキーワードに、中高生向けのワークショップを積極的に主催。最先端の研究成果を教育機能として社会に還元すべく、工学研究を題材としたSTEAM教育のデザイン・実践に注力している。

2019年に始まったUTokyoGSCは、STEAM型ワークショップを通した研究計画の立案と、東京大学の研究室にて実践する研究活動との2段階からなるプログラム。毎年、約60名の高校1、2年生が全国から参加し、貴重な経験を積んでいる。(画像:ONG提供)

興味・関心レベルに応じた3段階のプログラムで、課題解決力の底上げを図る

  本教育プログラムは「ホップ」「ステップ」「ジャンプ」の3コースと、それら各コースを補強する「みらいコース」で構成されている。「最初の段階となるホップコースは、まずは学校で学ぶ教科と実社会とのつながりを知り、社会課題の解決を“自分ごと”として捉えてもらうことに主眼を置いています。STEAM教育の実践以前に、自ら考え、探究する能力や知識の大切さに気付くきっかけ作りの場となっているため、あえて第0段階と位置付けています」と川越准教授は説明する。また0段階には、多くの高校生に気軽に挑戦してもらいたいという、ハードルを下げる意味も込められている。東京大学の教育プログラムということで、比較的参加者が集まりやすいという面がある一方、「東京大学を受験するわけでもないのに」と遠慮してしまう高校生にも広く周知したい思いがある。

  具体的なホップコースの内容は、日本航空(JAL)と連携した「飛行機ワークショップ」、日本トライポロジー学会や埼玉工業大学と連携した「謎解きワークショップ」など、同研究所ならではの産業社会との接点を活かした30名規模のワークショップを開催している。全国の高校への出張授業や、小中学生を対象とした「ジュニアドクター育成塾」なども含め、先端技術や科学的な思考が実社会でどのように活用されているかを理解する機会を、幅広く提供している。

  続くステップコースがSTEAM教育の第1段階となる。あらかじめ課題を与えられたホップコースとは異なり、ここでは受講者自身で課題を発見・設定し、その解決に取り組むことで創造性を育んでいく。

  本コースは全国の公立高校との連携により、毎年11~12月にかけて実施される。ONGが開発したシミュレーション教材「よく飛ぶ翼をデザインしよう」を活用して、まずは飛行機の仕組みなどに関する講義を行ったのち、個人ワークとディスカッションを組み合わせたSTEAM型ワークショップを実施。例えば「環境への配慮」「より速い移動」など、受講者それぞれが具体化・言語化した課題にシミュレーションによる実験を通じて挑んでいく。その成果を合同発表会で報告することで、互いに刺激を与え合いながらコミュニケーション能力も磨かれていく仕組みだ。

  最後のジャンプコースでは、大学や企業などの研究者の指導のもと、実際の研究環境において、受講生自らの興味や関心に応じたSTEAM型研究を行い、課題を解決する力や、より深い課題を抽出する力、成果を具現化する力などを培ってもらう。

  こうした段階的なコース設定から、基礎から応用へと段階を踏んでいくプログラムと思われがちだが、実際はどのコースからでも受講可能だ。近年、探究的な学びの機会が増えたことで、社会課題の解決に興味・関心を持つ中高生も増えており、ホップコースを経ずしてステップコースやジャンプコースに参加するケースも見られるという。その意味では、幅広い中高生を対象に、それぞれの関心レベルに応じたSTEAM教育を提供することで、社会課題の解決に寄与できる人材を広く育成し、社会全体の課題解決力を底上げを図れることが本プログラムの意義と言えるだろう。

 

JALとの連携で開催する「飛行機ワークショップ」は、羽田の航空機整備センターで実際のエンジン整備を見学しながら、エンジンが推力を得る仕組みを学習。その後、生産技術研究所で次世代ジェットエンジンに関する講義やグループワークを経験でき、飛行機好きの生徒に大好評を博している。(画像:ONG提供)

ONGが開発した「よく飛ぶ翼をデザインしよう」は、翼の形状によって揚力(機体を持ちあげる力)や空気抵抗がどう変わるかをシミュレーションできる。本プログラムで活用されるだけでなく、全国の中学・高校にも貸し出され、エンジニアの卵を育てている。

プログラムの実践を通して得られた教育データを分析し、社会にフィードバック

「本プログラムでは、STEAM型ワークショップなどを通じて受講者の課題解決力を育てると同時に、それらの実践を通して取得した教育データを分析することで、プログラムの充実や新たな評価指標の確立に役立て、実践例として広く社会にフィードバックすることを目的としています」と川越准教授は語る。

  その役割を担うべく、2023年から特任研究員として着任した玉澤春史氏は、現場での観察やアンケートの回答などを通じてワークショップ受講者の声を収集するととともに、その学びのプロセスそのものに焦点を当てている。「受講者がどこから何をインプットし、どんな知見や気づきを得ているかを注意深く観察してみると、いろいろな発見があります。例えば、彼らは講義や教材からだけでなくJALがWebサイトに公開しているCSRレポートなどから得た情報も活用し、自身の考えを深めています。こうした若い世代ならではの優れた情報収集力も、現代的なリベラルアーツの一つであり、その力をうまく引き出し、活用することが、より効率的な産学連携の学びを実現するヒントになるのではないかと期待しています」(玉澤氏)。

「教育データの分析を深めることで、どのような情報の流れが、受講者にどのような気付きをもたらし、どのような成果に結びつくか、教育活動の大きなシステムとして体系化していくことに、本プログラムの学術的な価値があると考えています。今後もプログラムの実践を続けながら、今後の社会で必要となる新しい日本型STEAM教育を創造し、社会に提案していきたいですね」(川越准教授)。

もともと宇宙物理学を専攻し、宇宙科学・開発などのワークショップを主催した経験も豊富な玉澤氏。その経験を生かし、STEAM型ワークショップによる課題発見・解決のプロセスを体系立てて可視化することに意欲を燃やしている。

ワークショップ受講者は、個々人で考えた内容を言語化し、グループワークで発表・討議することで自身の思考やアイディアを明確にしていく。このプロセスを活性化させるため、本プログラムにはグループワークの経験が豊富な大学生や院生がTA(ティーチングアシスタント)として参加している。(画像:ONG提供)

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