カテゴリー 22023年採択

国立大学法人愛知教育大学

対象者数 240名 | 助成額 277万円

https://www.aichi-edu.ac.jp/

Programフェイクニュース時代のメディア情報リテラシーを育成する
産・学・高校生協同プログラム 

 本プログラムは、フェイクニュース時代、それに対抗できるメディア情報リテラシーを育成するための教材と学習方法を、高校生、メディア関係者、大学研究者、学校教員、図書館司書が協同して創り、実践し改善するPBL(プロジェクトベースドラーニング)である。高校生の心のエンジンを駆動させるために、彼らと専門家が対話するオープン・イノベーションの場を提供していく。

 フェイクニュースに対抗できるメディア情報リテラシーを育成する教材や学習方法を高校生とメディア関係者や大学研究者、学校教員、図書館司書とが対話により「創造する」ことが特色である。この実現のために、心のエンジンが駆動するオープン・イノベーションの場を提供することが、仕掛けとなる。メディア情報リテラシーの育成方法については、日本国内での定見やエビデンスがほとんどなく、学校教員やメディア関係者は強く求めている。この社会課題の解決に、高校生が専門家と協同でチャレンジすることで、彼ら自身に自己有用感が生まれることも今求められている大きな特色。

 プロジェクトを円滑に進めるため、「未来共創プラン」を掲げ「共創」によって新しい教育を創り出すビジョンを明確に持つ愛知教育大学が、高校生と教育関係者・メディア関係者等をつなぐ「ハブ」としてファシリテートしていく。

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オープン・イノベーションの場を通じてメディア情報リテラシーを育成する

  1873年に開校した愛知県養成学校に端を発し、2023年に創基150周年を迎えた愛知教育大学。国立の教員養成大学・学部では教員就職者数が2020年度から3年連続で全国1位と、教員養成において全国有数の実績を誇る。

  同大学が2023年度から進めているのが「フェイクニュース時代のメディア情報リテラシーを育成する産・学・高校生協同プログラム」だ。フェイクニュース時代に必要なメディア情報リテラシーを定義し、それを育成する教材や学習方法を、高校生とメディア関係者や大学研究者、学校教員、図書館司書・教諭とが対話により創造することを目指す。その過程においては同大学がハブとなって大学研究者、学校教員、メディアの専門家などを招聘し、高校生を交えたオープン・イノベーションの場を提供する。

  本プログラムの中心メンバーは、運営主体である愛知教育大学でプロジェクト責任者を務める土屋武志教授、そしてプロジェクト事務局を担当する奈良女子大学附属中等教育学校の二田貴広先生の2人。両氏がともにメディア情報リテラシーの草分け的な研究団体である日本NIE学会に所属しており、若者を取り巻くインターネットを中心とした情報取得の危険性について議論を重ねていたことが、本プログラムのきっかけとなった。

  二田先生は「当校の生徒もそうですが、新聞などの従来から存在する報道媒体を読まなくなっていて、SNSから情報を得ています。その中で、ユーザーが好む情報が優先的に表示されるなどのアルゴリズムの存在や、フィルターバブル、フェイクニュース、炎上の危険性など、実生活でリスクがあると懸念していました。しかし学校教育ではしっかり取り上げることができていないという課題があり、メディアリテラシー教育が必要だと実感していました」と、実際に高校生を教える立場からの切実な思いがあったという。

 土屋教授が続ける。「加えて、教員養成におけるリーディング・ユニバーシティとして愛知教育大学がこれからの新しい教育を創造していきたい、教員の押しつけではなく生徒が自主的に学習を進めるスタイルの学習方法を日本の教育のロールモデルにしたいという思いがあり、オープン・イノベーションの場を活用するというアイデアが生まれました」。

メディア情報リテラシーを学ぶための、4種類の授業と5種類の教材を開発

 2023年度のプログラムは、8月に都内で行われたキックオフミーティングからスタート。オフラインとオンラインのオープン・イノベーションの場を行き来しながら、高校生が教材や学習方法を練り上げた。この場には高校生18名、メディア関係者9名、司書教諭8名、大学研究者2名、高校教員9名が参加。土屋教授、二田先生の二人は自ら学会員でもある日本NIE学会のほか、JIMA(一般社団法人インターネットメディア協会)の協力も得て、そのネットワークを活かして外部の専門家をアサイン。募集については、日本NIE学会員だったり、土屋教授や二田先生を通じて本プロジェクトに関心を持った高校教員が自校で参加者を募った結果、教育やメディア、地域おこしなどに関心を持つ生徒が、神奈川県、奈良県、京都府など多様な地域から参加することとなった。

2023年8月に行われたキックオフイベントの様子

  Zoomを活用したオープン・イノベーションの場では、授業や教材の開発について高校生が専門家にプレゼンし、アドバイスを受ける機会を設けた。このオンラインミーティングは計6回に及んだという。並行して、Slackで細かな情報交換が行われた。こうした場を経て、参加した高校生たちはメディア情報リテラシーを学ぶための授業案や教材案を開発。授業は「新聞記事と記事の内容抽出カードを用いた『情報の断片化』体験ワーク」「SNSへの投稿行動についての自己診断用『ロードマップ』体験ワーク」「メディアのアンコンシャスバイアスを読み取る学び」「SNSに投稿した画像等のリスクを知るための体験ワーク」の4種類、教材は「新聞記事と記事の内容抽出カード」「SNSへの投稿行動についての自己診断用『ロードマップ』」「人狼ゲーム的なメディア情報リテラシー育成ゲーム」「メディアのアンコンシャスバイアスを読み取るための資料」「SNSに投稿した画像のリスクを知るための資料」の5種類が最終的に案としてまとめられた。

  実際に学校でこれらの授業案や教材案を使った事例も生まれた。たとえば奈良女子大学附属中等教育学校では、本プログラムに参加した生徒が高校2年生対象に「新聞記事と記事の内容抽出カードを用いた『情報の断片化』体験ワーク」の授業を実施。体験した生徒たちは、情報が断片化されている現実があること、また断片化の際に抜け落ちた情報があり、誤解を生む形に編集される可能性があることに気づいたという。

「情報の断片化」体験ワーク授業の様子

  プログラムを体験した生徒からの「開発の過程ではうまくいかないこともあったけど、自分たちが考えたことが授業になるのはとても楽しい経験だった」という感想の通り、初めての体験に非常に満足した様子が見て取れる。さらに、「新聞社に勤める方など、メディアの専門家からの話が聞けたのがよかった」「SNSなどで情報に触れる時の心構えが変わった」と、自分自身のメディア情報リテラシーが向上したことを実感しているようだ。

オープン・イノベーションの場と共に、生徒も教師も成長していく

  2023年度のプログラムは、2024年3月に対面で行われた報告会をもって終了したが、課題も残ったという。1つは、教員以外の専門家が高校生の授業や教材案作りをサポートする機会が不足していたという点。プログラムの序盤で専門家によるレクチャーを入れたほうが、高校生が自由度を保ちながらより専門性の高いものが作れたのではないか、と土屋教授は振り返る。「運営メンバーの中でも、当初はそれぞれの専門性の違いがあり、お互いに遠慮してしまう空気がありました。また、高校生にどのタイミングでどのレベルのアドバイスをするべきなのか手探り状態でした。この1年で我々にとっても大きな学びがあったと思っており、その点は2024年度のプログラムに活かしています」。

  もう1つが、最終的にメディア情報リテラシーの定義ができなかったという点。ネットリテラシーやデジタルリテラシーといった細かいカテゴリー内での話に偏ってしまい、大枠で「メディア情報リテラシーとは」という議論ができなかったのが原因だという。「本来は、さらに『ニュースリテラシーとは』『ジャーナリズムとは』といった具体的な議論もなされるべきだったと思っています。オープン・イノベーションの場を通じて高校生が自由に発言し、授業や教材の開発ができたこと自体はよかったと思いますが、2024年度はよりサポート体制を厚くして高校生への目配りをし、目指す議論の道筋を示してあげるなどの働きかけをするように心がけています」(二田先生)

  2024年度のプログラムは、スタートから半年以上が経過。前年度からの改善の成果もあり、順調に進行中だ。1年目の実績ができたことで、プログラムの意義や成果が各地の高校にも伝わり、高校生の参加者は32名と、前年度の倍近い数になっているという。前年度のプログラムから続けて参加している高校生は積極的に動き、議論を進める役割を担い、プログラム内容の進化にも貢献してくれた。

  開発した授業案や教材案は、実際に授業の中で活用されている。たとえば、奈良女子大学附属中等教育学校から参加した高校2年生4人は、「古典探求×メディア情報リテラシー 〜デマから得る人間理解〜」と題した授業を同校の2年生124人を対象に実施。『徒然草』から現代の事例までを取り上げ、噂話やデマに惑わされる人間の様子を分析し、「なぜ人間が噂話やデマを信じ、広めてしまうのか」という問いについて議論を重ねた。また、SNSの炎上については、SNSを使わないことは現実的ではないため、正しく使う際の配慮について、意見交換を行った。

 

 

2024年度の開発に向けたミーティングイベントでのアイディア出しの様子

  改善の一つとして、高校生に馴染みのある「ゲーム」をプログラムに取り入れた。たとえば授業の冒頭に行ったのは伝言ゲーム。1つの情報が複数人が介在することでその内容に変化が生じる様子を改めて体験し、メディア情報リテラシーの必要性を感じてもらったという。

  さらに、プログラムを通じて学んだメディアの仕組みや発信方法を活かし、プログラムの開催内容を高校生自身がプレスリリースに起こすという企画も開始し、専門家によるサポートを受けつつ、事実を正しく表現するという難題に取り組んだ。企業や団体のプレスリリースを配信する「PR Times」の協力を得て、2024年11月26日に「高校生が主導する第2期「フェイクニュース時代のメディアリテラシー育成プログラム」が始動。11月19日には高校生が発案、作成した授業を実施」がリリースされた。

 2年目の実績を得て、二田先生は「玉石混淆の情報の中で、どれが正しい、どれが間違っているという判断を即時に下すのではなく、曖昧なものを曖昧な情報として受け入れるという態度もこれからは育てていきたいですね」と語る。また、土屋教授も「ここまでの活動の整理をし、次世代に向けてのノウハウとしたいと考えています」と、3年目以降の活動に目を向ける。愛知教育大学、日本NIE学会、JIMAを中心として本プログラムの報告会とは別に研究成果発表会を開催することで、高校生が活動に参加するインセンティブを創出していこうという計画も進行中だ。愛知教育大学がハブとなって組織されたオープン・イノベーションの場は、さらに高校生を惹きつける求心力を高めていく。

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