カテゴリー 42023年採択

東京家政大学

対象者数 160名 | 助成額 160万円

https://www.tokyo-kasei.ac.jp/

Program基礎教養科目から形成する人と信頼関係を築く多角的コミュニケーション力

 社会で生き抜くためには「コミュニケーション力」が必要だが、近年急速に普及したオンライン教育は、学生に偏ったコミュニケーション力を培わせたように感じる。自分の考えの表出(自己開示)を抑え、通信機器を媒体とした限られた文字情報でのやり取りが、「聴く力」「伝える力」「質問する力」「協調する力」の4つの要素、そして大学での自由な学びを阻害しているように思える。

 そこで、複数の教養科目をつなぎ合わせ、本学科がディプロマポリシーに掲げる能力を学生がどのように身に付けていくのかを可視化する「他者主体の態度・行動を実践できるコミュニケーション力の育成」を主眼とした教育プログラムを展開していく。具体的には、学生が自校教育科目である「キャリアデザイン」の中で、自身が受講した教養科目を「社会・文化」「自然」「情報」「言語」という4つの観点でつなぎ合わせ「多角的なコミュニケーションとは何か」を探索していく。

 本教育プログラムにより、自らの意志と判断で人と意思疎通する多角的なコミュニケーション力を培うことで、学生に自分軸を形成させ、卒業後に直面するさまざまな課題も克服できる人材の育成を図っていく。

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コロナ禍におけるオンラインコミュニケーションの弊害

「本プログラム着想に至る一番大きなきっかけは、コロナ禍におけるオンライン授業の経験です」と、同大学健康科学部リハビリテーション学科の米津亮教授は語る。新型コロナウイルスの感染拡大中は、人との接触を控えるため、対面での授業や病院での実習などができない状態が続いた。しかし、リハビリテーションを学ぶうえで、患者さんとのコミュニケーション能力を養う病院実習は必要不可欠。そこで米津教授は自ら患者役を務め、オンラインによる模擬問診を学生に対して実施し、その際に驚くべき体験をしたという。ある学生がカメラをオフにしたまま、自己紹介も相手の名前も確認せずに問診を始めたのだ。これでは患者さんとの信頼関係を築くことなどできない。「これは常識の欠如という単純な話ではくくれない、時代的な弊害だと感じました」と米津教授。

 社会人としてのコミュニケーションスキルが形成される時期に、学校の授業だけでなく、友人とのやり取りですら、その大半をオンラインに頼らざるを得なかった日常。その体験は、コロナ禍の学生のコミュニケーション能力に大きな影響を与えていると改めて実感したのだ。

 そして、別の重要な気づきを得る体験もあった。どうしても一方通行になりがちなオンライン講義に少しでも主体的に取り組めるようにと、「スポーツの理学療法」に関する課題を与えたことがあった。すると、一人の学生がスポーツの語源として「気晴らし」という意味があることを元に、「運動とゲームの融合」という教員の発想を超えた発表を聴き、改めて学生の興味に基づく主体的な学びの重要性に気づかされたという。オンラインによる時代的な弊害、そして学生が本来持っている自由な発想という対極の気づきが、本プログラムの骨子となっていると米津教授は語る。

 本プログラムは、学科の授業で学ぶ教養科目をつなぎ合わせ、「他者主体の態度・行動を実践できるコミュニケーション力の育成」を主眼としている。このプログラムを実行することによって、自分の考えを積極的に表出すること、さらには医療職者として必要な「聴く力」「伝える力」「質問する力」「協調する力」の必要性を感じ取ってもらう。それには、なるべく早い段階でプログラムを体験することが肝心と米津教授は考えた。もともと3・4年次の専門教育を中心に担当していたが、「コミュニケーション論」「理学療法学概論」といった1年生が受講する科目を新たに担当する中で準備を進め、2023年度にプログラムをスタートさせた。

Web会議システムを使用したオンライン問診の様子。左が療法士役の米津教授で、右が学生。学生がカメラをオフにしたままで問診を開始 。「相手と目を合わせて話す機会の喪失が、医療職者として大きな弊害になるのではないかと危機感を感じた」と米津教授(写真)

授業のコマ数を大幅に増加しディベート教育を充実

 初年度は1・2年生を対象とした「キャリアデザイン」という共通教養科目の後期授業でプログラムを実行。学生を8人程度にグループ分けし、全体を4人の教員ファシリテーターで担当。「不快なコミュニケーション」「心地よいコミュニケーション」「異文化コミュニケーション」の3カテゴリーに分かれた各グループが、独自の視点でさらに詳細なテーマを設定してグループワークを4回実施し、結果をポスターにまとめ学生同士で開示した。また学内発表の後には、選抜されたグループが附属女子高校に出向き、高校生に向けた発表と交流会も開催した。

 翌24年度は1グループを6名程度に減らし、ファシリテーターを6人以上に増員。さらに23年度に受講した2年生 11名を学生TAとして配置し、受講生がより深い学びを得られるよう実施体制を整えた。また2年生は、1年次と同じチームで、「医療現場で実践すべきコミュニケーション」をテーマに動画を作成。高校生向けの発表と交流会は、附属女子高に加えて聖望学園高校(飯能市)も含め、発表の機会を増やした。

「発表を含め5回のワークでしたが、グループ内のさまざまな考えを受け入れ、質疑応答する力を育めたと自負しています。高校での発表を加えたのは、学科内での発表を振り返り、ブラッシュアップするトレーニングの場の創出と、あえてリハビリテーションに詳しくない高校生に向けて発表することで、新たな気づきや工夫が生まれることを期待したからです」(米津教授)

 3年目を迎えた25年度には、授業のコマ数に大きな変更を加えた。実施する科目の枠を「キャリアデザイン」から1年生の新規必修科目「基礎ゼミナール」に移すことで、年間5回のワークを14回に増やすことができたのだ。その一方で、学科のカリキュラムの特性を考慮し、2年生を対象から外して、1年で終了するプログラムへと変更した。

「グループワークの回数を大幅に増やし、学生同士のディベートを充実させることで『批判的思考力』の向上を目指しています」と米津教授。プログラムの成果を可視化するために実施したGPS-Academic(問題解決能力の測定テスト)からは、受講した学生の思考力は有意に向上していることが分かった。しかし、思考力の3要素のうち「批判的思考力」が、他の「協働的思考力」「創造的思考力」よりも変化が少ないという結果も明らかになった。これは同学科のカリキュラムの特性上、多くの知識を覚えなくてはならない科目が多いことに関係があるのではないかと米津教授は考えた。

「さまざまな知識を覚えなくては先に進めない分野ですから、それは仕方がないことです。しかし、提示された情報をただ鵜呑みにするのではなく、その背景にある考え方や理論にまで考えを及ぼす習慣をディベートによって培っていくことで、三つの思考力をバランス良く育てられるのではないかという仮説を立てています」と米津教授。2年生になると覚えなくてはならない情報は格段に増えてくる。カリキュラムに比較的余裕のある1年次に集中してプログラムに取り組めるよう内容を変更したのだという。

高校生への発表の様子(左:附属女子高等学校。右:聖望学園)。2024年度に参加した学生からは「いかにリハビリを身近に感じてもらって興味を持ってもらえるかが重要と感じた」「必ずしも医療職を目指しているとは限らない高校生に対して、社会人に必要なコミュニケーションのポイントを関連付けた発表を心がけた」「初対面の人に対しては、冒頭の自己紹介や発表内容の簡単な説明が重要なポイントになると気づいた」などの声が聞かれた

GPS-Academicでは、思考力の3要素のうち、「批判的思考力」の伸びが低いという計測結果が表れた

普段から科目のブリッジングを意識して学修する

 ファシリテーターの多くは、同学科で他の専門科目を受け持っている先生方であり、コミュニケーションの専門家ではない。しかし、学内の他学科や他大学の先生方にもファシリテーターとして参加してもらうことで、さまざまなバックグラウンドを持った方々のサポートが受けられるようにしている。また今年度は、外部講師(ファシリテーター)が勤務する吉備国際大学(岡山県)とのWeb交流会も開催する予定だ。その他にも試したいアイデアはいろいろあるが、あくまでも学生が主体であることは揺るがないという。

「ファシリテーターの先生方には、学生のアイデアを重視してくださいとだけ伝えてあります。テーマさえ与えてあげれば、学生たちは実現する力を持っています。そのことをこの2年間で確信しました」と米津教授は胸を張る。

 しかし、プログラムのスタート時に感じた学科生の印象は、現在とはかけ離れたものだったと米津教授は語る。「思っていることがあっても、それを表に出せない学生が大半というイメージでした。それがこの2年間で、学んだことに創意工夫を重ねて自分なりの形にしていくということができるようになったと実感しています。それぞれの学生が目指すべき目標をはっきりさせられるようなサポートがあれば、学生はもっと大きく育っていくんじゃないかと強く思っています」(米津教授)

 米津教授が常日頃から学生に伝えていることに「科目のブリッジング」がある。これは、ある科目で習った知識を他の授業や事柄にも活かすことである。単位取得のための暗記を重視した学びからの脱却を促す概念として、情報発信している。 プログラムを受講した学生からは以下のような感想が得られている。 「他者とコミュニケーションを取る際、まず相手の話をよく聞くようになったと思います。一つの事柄に対する受け取り方、感じ方は人それぞれなので、自分の価値観を押し付けないように意識することが、アルバイトや友人との会話などでも増えたと思います」 「コミュニケーションは話すことだけじゃなくて、うなずきなどの仕草や声のトーン、表情なども重要な要素だと気づきました。プログラムが進むにつれ、そうした非言語的コミュニケーションを普段から意識するようになりました」 米津教授が注視している科目のブリッジングに関しても、学生にはしっかり浸透しているようで「学生からは『科目間の知識の融合を意識して学修しています』というコメントも日頃からたくさんもらっていて、とても嬉しく思っています」と米津教授は語る。

 オンラインに偏ったコミュニケーションの弊害は、あらゆる教育の場において共通する課題と考えられる。「聴く力」「伝える力」「質問する力」「協調する力」を培う本プログラムは、そうした課題を解決するヒントになるかもしれない。

24年度の発表ポスターの例。リハビリテーションの分野にとらわれない、創意工夫を凝らした自由な発想の発表が多い。
●不快なコミュニケーション:愛の境界線
恋愛におけるモラルハラスメントをアリorナシでシールを貼ってもらい検証。感じ方は人それぞれで異なることが分かった。
●異文化コミュニケーション:ケニアの結婚式と日本の結婚式何が違う?
文化によって重要視している点が異なり、その点が各国の特色を表している。

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