公立大学法人熊本県立大学
対象者数 535名 | 助成額 250万円
Programもやいすと育成システムによる地域性と国際性を併せ持つ
地域づくりのキーパーソン「もやいすと」の養成
本学では、「地域に生き、世界に伸びる」をスローガンに掲げ、地域に根ざしながら世界を見据える人材「もやいすと」の育成に努めている。
「もやいすと育成システム」は、地域力育成を目指す「もやいすと育成プログラム」と国際力を育成する「もやいすとグローバル育成プログラム」から構成される。
「もやいすと育成プログラム」では、熊本の自然や文化、社会に対する理解に立ち、専門の枠を超えて、自ら課題を認識・発見し、“地域づくりのキーパーソン”として、地域の人々と協働して課題の解決に取り組む人材(もやいすと)の育成を目指す。
「もやいすとグローバル育成プログラム」では、グローバルな視点を持ち、地域課題に柔軟に対応できる学生の育成を目指す。
「もやいすと育成システム」の強みは、国内外での実践活動(フィールドワーク、ワークショップ、インターンシップ)、SAとグループワークを活用した大規模授業での対話的で主体的な学び、学部を超えて学生が緊密に連携する授業設計、学年進行とともによりインテンシブで深い学びを実現するカリキュラム、学修成果の認定制度などである。これらの特徴を通して、地域性と国際力を兼ね備えた人材を養成する。

活動レポートReport
熊本に根差す地域実学主義から生まれた人材育成プロジェクト
「地域に生き、世界に伸びる」をスローガンに掲げ、県内各地域との連携を通して、学生に体験的・実践的な学びを提供している熊本県立大学。入学者の約8割が県内出身であり、卒業後も約6割が県内に就職することから、地域の課題解決ができる人材育成に力を入れている。
スローガンの実現を目指し、熊本県立大学が全学的に取り組むのが「もやいすと育成プログラム」だ。「もやいすと」の「もやい(舫い)」とは、もともと船と船を相互に繋ぐことを意味し、1950年代の水俣病復興期に人と自然、人と地域社会の再構築を象徴する言葉として用いられた「もやい直し」に由来する。熊本の自然・文化・社会を理解し、学部の枠を越えて課題を発見、“地域づくりのキーパーソン”として地域の人々と協働して解決に取り組む人材=「もやいすと」を育成する取組みだ。
2005年に始まった本プログラムは、2014年に文部科学省「知(地)の拠点整備事業(COC)」に選定され、プログラムを拡充。1年次は必修科目として「もやいすと(地域)ジュニア育成」か「もやいすと(防災)ジュニア育成」のどちらかを選択、2024年度までに5,319人が受講している。さらに、2020年度からは地域だけでなく国際分野に目を向ける「もやいすとグローバル育成プログラム」を開始。地域性と国際性を連関させた学びを展開し、現在は熊本県立大学の看板的プロジェクトに成長した。本プロジェクトをけん引する「もやいすと専門委員会」委員長の西本陽一教授は「座学だけでなく現場で人々の声を聞き、現実を体感することで、学生が自分なりの課題を発見し解決策を考える力を養えるようになることを目的としている」と話す。さらに、自身も熊本県出身で海外経験を有することを踏まえ、「多くの学生が卒業後も熊本に留まる本学において、学生時代に海外経験を積んで国際的な視野を持つことが地元への新たな発見につながる」と述べ、グローバル学習の意義を強調する。
学生の成長を後押しする体系的なプログラム
プログラムでは対話的・主体的な学びを重視し、1年次の段階から学部の枠を越えた5~6人の少人数グループでフィールドワークやグループワークを行うことで、多様な考え方を持つ学生同士が緊密に議論できる仕組みを導入している。また学年の進行に合わせて学びが段階的に深化するようカリキュラムが整備されている。1年次の必修科目「もやいすと(地域)ジュニア」「もやいすと(防災)ジュニア」では地域や世界を知る導入的学びを提供し、2年次の選択科目「もやいすとシニア」では少数精鋭による専門的・実践的な内容を扱いながら、ファシリテーターやリーダーとしての資質を育成する。学修成果が一定水準に達した学生には「もやいすとスーパー」としての称号を学長から授与するなど、大学生活を通じて体系的に学びを深めるプログラムになっている点が特徴と言える。
2年次の選択科目「もやいすとシニア」を受講した学生の動機を見ると、「もやいすとジュニアを受講し、地域課題についてグループの皆と一緒に考え、活動を行った経験がとても楽しくてやりがいを感じた。もやいすとシニアを履修して、さらに地域に出てフィールドワークを行い、地域課題について理解を深めていきたい」「フィールドワークを経験し、今までは知り得なかった事実などを知り、視野を広げることができると感じた。入学する際からもやいすとスーパーを目指しているため、認定を目指して最善を尽くしたい」など、ジュニアでの経験がシニア志望へと結びつき、しっかりと経験や知見を身に付けたうえでスーパー取得を目指す学生がいることが分かる。
「もやいすとスーパー」の称号を学長から授与された学生たち
多様なアプローチで「もやいすと」を育成
財団の助成1年目の2024年度について、西本教授は「新型コロナウイルス流行で中断していたフィールドワークの再開や国際プログラムのカリキュラム拡充など、長い歴史の中でも大きな成果があった年となった」と振り返る。「もやいすと(地域)ジュニア育成」では、5年ぶりに熊本県内3地域(阿蘇市、玉名市、山都町)で地域フィールドワークを実施。玉名市天水町を訪れたグループは3つのコースに分かれて、地元中学生とともに地域の特色や魅力を考えるワークショップに取り組んだり、特産品であるみかんの農業実習を体験したり、観光地を見学して観光資源活用を検討したりした。その後、再び天水を訪れ、天水をアピールするポスターやイベント案を発表する合同成果発表会を現地で実施した。
玉名では、みかん農家で剪定を体験
阿蘇では、長年現地の環境保全を行っている団体と共に、草原での野焼きを行う前の防火帯をつくる「輪地切り」活動を実施した
山都町では、2023年に国宝に指定された通潤橋(1854年に造られた近世最大級の石造アーチ水路橋)をはじめ、町の各地を散策したり、地元の方から話を伺った。
一方、「もやいすと(防災)ジュニア育成」では、180人が体育館やキャンパスで防災ゲーム「クロスロード」と「DIG(災害図上訓練)」に取り組んだ。また、同科目を履修した90人は、2020年の豪雨災害被災地・芦北町を訪問し、地元商工会の協力のもと、被災と復興を経験した醤油店や球磨川流域を視察。こうした体験を通して、復興における課題を各チームで設定し、その解決に向けて若い世代を含めて何ができるのかを検討していった。
2年次以降の「もやいすとシニア育成」では、「能登半島被災地における創造的復興を目指して」をテーマにフィールドワークを開催した。学生13人が4泊5日で現地を訪れ、地元自治会や災害NGO、金沢大学の協力のもと、農作業や酒造での廃棄物運び出しボランティアを体験し、被災地の復興状況を学んだ。この成果は1年次の授業や「ぼうさいこくたい2024 in 熊本」のステージ発表でも報告・共有された。「本学の学生の多くが小学生時代に熊本地震を経験しており、災害復興や防災への関心が高い」(西本教授)という背景もあり、実際に能登半島訪問は募集の段階で定員を大幅に上回る応募があったという。
「もやいすとグローバル育成プログラム」では、2024年度に地域活動との連携を目指してカリキュラムを拡充するため、大学内に新たに「もやいすとグローバル専門委員会」を設置。新カリキュラムが適用された2025年以降、学生の参加は大幅に増加した。プログラムの授業の一つである「グローバル実践活動」においては、従来は2~8名がカンボジアでインターンシップを行っていたが、2025年度からはシンガポール、マレーシア、ベトナム、オーストラリア、さらに学生希望国で活動する「自主企画」枠を設け、19名が最長4週間、インターンシップや課題解決型研修に参加した。シンガポールでは、シンガポール国立大学と協力し、熊本県の海外展開に関する課題を学生自ら設定して取り組み、地域と国際の連関を実現した。
最高位「もやいすとスーパー」には過去最多の8名が認定された。認定の際に活動実績をまとめて提出したポートフォリオを就職活動にも活用しているケースもあるという。西本教授は、「スーパー取得者の卒業後の傾向を見ると、熊本市や県に就職している学生が一定数おり、地域に直接関わる職を選んでいる学生が多いと言えます」と、「もやいすと」が育っている手応えを話す。
熊本県による法人評価で全学的に地域課題解決に取り組む姿勢が認められるなど、特色ある取組みとして成長し続けてきた本プログラムは、2026年度以降も、フィールドワークなどのさまざまな実践活動に重点を置く方針だ。一方で、学年進行に伴い専門領域の学びが忙しくなる中で、もやいすとの選択科目の履修者をいかに増やしていくかという課題についても模索していく考えだという。策の一つとして、2026年には、文学部英語英米文学科が「グローバル・スタディーズ学科」に名称変更するとともに、新しいカリキュラムも開始され、新学科の学生の約半数が「もやいすとグローバル育成プログラム」に参加する見込みだという。これを踏まえ、「国際プログラムの拡充を図り、地域と国際のより有機的な連関を創出していきたい」と西本教授は今後の展開について語る。
スタートしてから20年という歴史を持つ同大学の「もやいすと」活動は、時代の変化に合わせて、その内容を精査してきた。例えば「もやいすとグローバル育成プログラム」の拡充については、熊本に半導体の世界的な大手企業・関連企業が進出し、グローバル人材への要求が高まっていることも背景にあったという。時代のニーズに対応しつつ、「地域に生き、世界に伸びる」という理念を「もやい」の精神で体現しながら、熊本から世界へ舫いを広げ、地域課題の解決を牽引する人材をこれからも育んでいく。
「もやいすと(防災)ジュニア育成」では、防災ゲーム「クロスロード」や「DIG(災害図上訓練)」に取り組んだ。
「もやいすと(防災)ジュニア育成」のフィールドワークとして、2020年の豪雨災害被災地・芦北町を訪問。地元写真館が被災したときのお話を聞く学生たち。
「もやいすとシニア育成」に参加した学生たちは、能登半島の先端である珠洲市を訪れた。住民の方の案内のもと解体の進んでいない家屋や隆起した海岸などを見ながらお話を伺った。
熊本に戻ってからは、能登半島で見聞きしたことを振り返り、復興のあり方などを検討。
「もやいすとグローバル育成プログラム」のシンガポールでの課題解決型研修では、現地の熊本県アジア事務所やシンガポール国立大学とも協力し、熊本県の海外展開に関する具体的な課題を、学生自ら設定して取り組んだ。