Program「未来創生リベラルアーツプログラム」
~学生とともにデザインする「リベラルアーツ×データサイエンス」教育~
本プログラムは、正解のない問いに向きあう人材を育成する「21世紀型」教養教育の実践を目指し、そのために期待される3つの特徴の全てを複合的に併せ持つものである。
①分野横断・文理融合型の後期教養教育プログラム
2年次以降の学生を対象とし、各専門分野で得た「知識」・「スキル」とリベラルアーツの融合により、学問領域を横断した「生きて働く総合知」の獲得を目指す。
②「複眼的思考」と、実践的な「課題解決」の2本柱
ディスカッションと発表を組み合わせ、一人で講義を受けるだけではつくりえない「集合知」の形成を学生に実体験させる2科目を新規開講する。1つは、異なる学部の3名の教員が一つのテーマについて異なる角度から光を当てる講義を行い、学生の専門分野の「常識」に揺さぶりをかけ、「正解のない問い」に向き合う姿勢を身につけさせる。もう1つは、異なる専門的スキルを持った学生が集まり、社会課題を発見し、共同してその解決に取り組ませる。
③学びを自らデザインする学修者本位の教育プログラム
修了要件を満たした学生には、「リベラルアーツの諸科目を選択した理由」と「専門とリベラルアーツの融合から得た学び」について自らの言葉で説明するタスクを課し、学生自身が学びをデザインし、個人に最適化したプログラムを作り上げる取組みをさせる。
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活動レポートReport
リベラルアーツ×データサイエンスを、専門的な学びの「横軸」に
昭和24年(1949年)の国立学校設置法により、新制国立大学として誕生した滋賀大学。近年、全国的に大学キャンパスの統合・再編が進む中、同大学では異なるバックボーンを持った2つのキャンパスによる「学び合い」を重視している。
本部を置く彦根キャンパスでは、大正11年(1922年)創設の彦根高等商業学校を起源とする経済学部が、「士魂商才」を受け継ぐ経済人を養成。一方の大津キャンパスでは、明治8年(1875年)以来の歴史を持つ師範学校を前身とする教育学部が、地域教育の中核となる人材を育成している。「歴史も風土も異なる両キャンパスで、それぞれの個性を大切にしながら一体感を持った教育を行うことで、複眼的思考による総合知を育むのが本学の特徴」と語るのは、本プログラムの実務を担う大谷宗啓特任准教授だ。
同大学のもう1つの特徴が、全国に先駆けたデータサイエンスの高等教育だ。生成AIがビッグデータをもとに新たな社会的価値を生み出す『Society 5.0』の時代を迎え、データを扱う技術・知見は次世代を担う人材に不可欠な要素となっている。こうした認識のもと、同大学では2017年、日本初となるデータサイエンス学部を彦根キャンパスに新設。同学部において数理・データサイエンス・AI教育プログラムの専門教育を実施するとともに、そのリテラシーレベルを経済および教育学部も含めて全学部で必修化し、応用レベルについても全学部が履修可能にしている。
データサイエンス教育の全学展開は、同大学が2022年度から実施している全学共通教養改革と連動したものだ。「教養教育は『専門教育の前の基礎教育』と捉えられがちですが、本学では両者を並列と位置付けています。ある程度、専門的な学びを経験したうえで、幅広い教養に触れることで、自身の専門性を俯瞰的・客観的に見つめ直すことができると考えています。いわば、専門教育の『縦軸』に、リベラルアーツ×データサイエンスの『横軸』を通していくようなイメージであり、両者を並行して学ぶことが、本学の理念である『文理融合の価値創造』につながります」と大谷准教授は改革の意義を語る。
こうした考えのもと、従来の教養科目を「ヒューマニティーズ」「サイエンス」「クリエイティブ・スタディーズ」の3分野からなるリベラルアーツ教育に再編し、学部・学年を問わず履修を呼び掛けている。以降2年間の受講動向や課題を踏まえ、より主体的で複眼的な学びを促すべく、2024年度から第二次改革として始動したのが「未来創生リベラルアーツプログラム」だ。

2025年に大津キャンパスでは教育学部の創立150周年を迎える滋賀大学。彦根キャンパス内には有形文化財に登録された彦根高等商業学校時代からの講堂(大正13年建造)が今も残るなど、その歴史は学生たちの身近に息づいている。

滋賀大学のリベラルアーツ教育は、人間や社会のあるべき姿を構想する力を学ぶ「ヒューマニティーズ」、科学的・論理的な能力を高める「サイエンス」、他分野の学びを統合して新たな価値を創出する「クリエイティブ・スタディーズ」の3分野から構成され、どの学部も各分野それぞれ6単位以上を選択必修としている。
2つの講義から得た「学び」を自ら言語化する機会が重要
「未来創生リベラルアーツプログラム」の要となるのが、2024年度から新設された「リベラルアーツ総合探究Ⅰ・Ⅱ」だ。全学部・全学年の学生が対象だが、先述したように、専門教育の前提となる一般教養ではなく、「専門性を生かすための教養」と位置付けられていることから、2年次以上の履修が推奨されている。
「リベラルアーツ総合探究Ⅰ」は、教育、経済、データサイエンスの3学部の教員が、同じテーマについて異なる角度で講義を実施。受講する学生側も、3学部横断で構成される小グループでのグループワークを通して、それぞれの専門知を持ち寄りながら、複眼的思考や総合知の形成を体験する。2024年度は「AIは人間を支配するか」「原発は必要か」といった正解のない問いをテーマとし、異なる専門分野の意見を踏まえることで、各自が培ってきた常識に揺さぶりをかけることを狙ったという。
一方の「リベラルアーツ総合探究Ⅱ」では、地元の企業や高校と連携した課題解決型授業を行う。2024年度は「地元高校生が考えた街おこし事業の実現」と「お米農家と連携した文化継承・商品開発」という2つの授業を実施。いずれも地域のパートナーと連携しながら身近な社会課題の解決に取り組むことで、各自の専門知を生かして社会価値を創出・実装する体験ができたという。
「リベラルアーツ総合探究Ⅰ・Ⅱ」を含め、必要な単位を取得した学生は「課題レポート」に挑む。ここでは、履修を通じて身につけようとした知識体系を、学生自ら命名するとともに、命名した知識体系と選択科目との関連性や、履修から得た学びを専門分野にどう生かすかを説明することが求められる。「自身が経験した学びにどんな価値があるか、自ら言語化することで、リベラルアーツやデータサイエンスを専門分野とどう融合させ、止揚させていくかを問いかける機会になります」と、大谷准教授はその意義を語る。

※バッジイメージ
「課題レポート」を提出し、その内容が適切と認められると未来創生リベラルアーツプログラム修了と認定され、修了者には国際標準規格の電子証明「オープンバッジ」が発行される。

2025年5月には初の修了生を輩出し、修了書の授与式と合わせて懇談会が開かれ、今後につながる意見交換が行われた。
学生が自発的に参画しながら、プログラムを継続的に改善していく
2024年度の成果について、大谷准教授は以下のように評価する。「『リベラルアーツ総合探究Ⅰ・Ⅱ』合わせて履修者数は68名となりました。達成目標とした入学定員の1割(約60名)はクリアしたものの、学部生全体で約3,500名という規模から考えれば、まだまだ満足はできません。加えて、より大きな課題と捉えているのが学部間の偏りです。彦根キャンパスでの講義が中心となり、大津キャンパスに通う教育学部からの参加比率が低かったため、異分野の学生同士による学び合いの効果が充分でなかったことが懸念されます。履修者からの声を聞くと『自分になかった視点・観点に気づかされた』『これまでの専門的な学びに厚みが増した』といった声が聞こえる一方で、中には『テーマに対するチーム内の意見がすべて同じだったため、議論が深まらなかった』との声もあり、改善が必要だと考えています」。
こうした成果や課題を踏まえ、2年目となる2025年度はさまざまな面で改善が施された。プログラム自体の周知に努めるのはもちろん、大津キャンパスでの開講を増やすとともに、オンラインでの参加やアーカイブ視聴も可能にするなど、より履修しやすい環境を整備。また、履修者に対する事前調査を行い、異なる意見を持った学生同士でグループを構成するよう工夫したという。なお、これらの改善策には、履修者アンケートの結果に加え、年度末に実施した「未来創生学生モニタリングボード」に参加した各学部学生の意見も反映されている。「学生自らが学びをデザインする力を養うのも狙いの1つ。今後も学生の積極的な参画を促し、本プログラムのさらなる進化・発展と、学生の自発的な社会参画力・構想力の養成を両立させたい」と大谷准教授は語る。
生成AIの急速な普及を背景に、データサイエンス教育が他の大学にも広がりつつある中、同大学はその先駆者ならではの豊富な知見・ノウハウに加え、リベラルアーツ教育と有機的に結びつきながら専門知を深める支えになるという点で一線を画している。今後も「データサイエンス教育のパイオニアとして、我が国の高等教育に貢献していく」という使命感が、本プログラムはもちろん、同大学の学び全体をさらに発展させていくだろう。

本プログラムを全学に波及・浸透させるには、要となる「リベラルアーツ総合探究」だけでなく、リベラルアーツ科目のさらなる拡充が求められる。そこで、「リベラルアーツSTEAMプロジェクト認定助成制度」を設け、各学部から募集した結果、「心理学概論」など5科目が認定を受け、プログラムの対象科目に加わっている。

初年度の手応えとして、大谷准教授は次のように振り返る。「履修者の満足度は総じて高く、グループでの討論からも熱意が感じられました。一方で、そこで満足してもらっては困るとの想いもあり、他分野の視点・意見をもとに、それまでの学びをどう位置づけ直すか、一方踏み込んだ気づきを得られる場となるよう工夫していきたい」。