Program東北大学知のフォーラム「未来社会デザイン塾」
―人が集い・共に学び・創造する―
東北大学研究推進・支援機構知の創出センターは、研究成果を人類社会が直面する諸課題の解決に役立て、国際社会を先導する指導的グローバル人材の育成を目的とした「知のフォーラム」事業を10年以上にわたり実施してきた。2019年に開講した「未来社会デザイン塾」では、仙台市や東北地方の地域特性を生かし、東日本大震災からの復興を基礎とした「地域の未来づくり」をテーマにした教育プログラムを実施している。
「未来社会デザイン塾」は、大学、県や市町村、企業、そして市民の方々など多様な人々が交流しながら、社会課題について共に学び合い、議論を重ねることで、20年あるいは30年先の未来社会をデザインすることを目指すプログラムである。
このプログラムでは、仙台市や東北地方の地域特性を生かし、東日本大震災の復興活動から得た学びをもとに、「地域の未来づくり」をテーマとして取り組む。具体的には、(1)デジタル×持続可能未来社会のデザイン、(2)海洋と人の共生を目指す未来社会のデザイン、そして(3)人生100年時代の未来社会のデザインを企画している。「未来社会デザイン塾」が開発したオンラインホワイトボード(Miro)と生成AI(Chat GPT)を組み合わせた最新ツールを使用し、21世紀型教養教育を行っていく。

活動レポートReport
多様な人々が交流しながら未来の社会をデザインする
本プログラムを運営する知の創出センターが東北大学に設立されたのは2013年。当初は日本初の訪問滞在型研究施設として活動を開始した。その背景としては、大学組織の規模拡大が進み、学科・研究室間のコミュニケーションが希薄になることで、学内での共同研究が生まれにくくなるという大学特有の課題があった。
「解決策をリサーチしたところ、世界中の学術機関において、訪問滞在型研究施設を利用した異分野間の共同研究促進の好例がありました。研究力の活用に強みを持つ本学には相応しいプロジェクトとして取り入れたわけです」と語るのは坪井俊(たかし)副センター長。「知のフォーラム」と名づけられたこのプロジェクトでは、ノーベル賞受賞者など世界トップクラスの研究者を施設に招き、1~3カ月程度の滞在期間中に共同研究や研究集会、公開セミナーなどを実施するほか、高校生や一般市民向けのレクチャーやイベントも開催し、科学の魅力や最新の研究成果を広く伝える活動にも力を入れるなど、地域社会への貢献も積極的に行っている。
2019年頃、知の創出センターにとってもう一つの柱となるプロジェクト「未来共生デザインラボ」が始動する。研究テーマを設定して成果を待つのではなく、課題そのものを発見するプロセスを重視している点が特徴で、研究者だけでなく、学生や市民の視点からも重要な問題を見出していくプロジェクトだ。その活動の中心として企画されたのが「未来社会デザイン塾(以下本プログラム)」である。
本プログラムのテーマは、仙台市や東北地方の地域特性を活かし、持続可能な社会の実現を軸とした「地域の未来づくり」。その根底には、東日本大震災の被災地域の中心にある総合大学として、復興のために行ってきたさまざまな研究の成果を役立てたいという思いがある。大学・地域・企業・市民というさまざまなカテゴリーから参加した多様な人々が交流しながら、社会課題について学び合い議論を重ねることで、20年、30年先の未来社会をデザインすることを目指している。
ノーベル賞受賞者などを招いた講演会などを開催
4つのテーマで展開する多角的な学びの形
2025年度は、4つのテーマで展開。それぞれのテーマは個別の特色を持ちながらも、相互に関連し合い多角的な学びの機会を提供している。
テーマ1は「デジタル×サステナブル社会のデザイン」で、2019年から継続している最も歴史あるプログラムだ。このテーマでは、オンラインホワイトボード機能を持つ独自開発のデジタルディスカッションツールを活用し、参加者が遠隔地からでも活発な議論を展開できる環境を整えている。住宅、交通、自然、快適な都市生活といったサブテーマを設定し、参加者は未来の社会像を構想し、創作し、互いに鑑賞し合う。特筆すべきは、生成AIを積極的に活用している点だ。参加者が考えたキーワードや短文をAIに入力すると、それらをつなぎ合わせた物語や、未来社会を視覚化した画像が生成される。しかしAIが出力したものには、論理的な矛盾や現実性の欠如などさまざまな問題点が含まれている。参加者はこれらを批判的に検討し、改善案を議論する。この手法は、学生の批判的思考力と創造性を同時に育成する効果的なアプローチとなっている。
テーマ2は「海洋生態系の変化と水産業の未来」。学内の変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AMEC)と連携して、より実践的なワークショップなどを行っている。2025年度には、学生6名と教員、研究者が宮城県の松島近辺の牡蠣養殖業者を1泊2日で訪問し、震災後の復興過程で得られた貴重な知見を学んだという。「特に印象的だったのは、養殖密度の見直しによる成功事例です。震災前は収穫量を増やすために施設を密集させていましたが、施設が流失した先で育つ牡蠣が見つかり、十分な間隔を確保することで牡蠣の生育が良くなるという知見を得たという話は私たちにとっても刺激的な話でした」と坪井副センター長は話す。
テーマ3は「人生100年時代の未来社会デザイン」。学内の加齢医学研究所、文学研究科、経済学研究科と連携し、超少子高齢化・人口減少を迎える社会と個人のウェルビーイングの両立を、さまざまな切り口で議論している。多世代が共生するコミュニティをどう設計するかという課題に対し、実際に取組んでいる施設を訪問したり、専門の研究者に相談したりしながら、具体的なワークショップの企画へと発展させている。
テーマ4は2025年度から新たに加わった「地方から未来を創る」。7割を超える市町村に消滅の可能性があると推計されている東北地方において、持続可能な社会をどう構築していくか。地域活性化や地方創生の重要性、地域特性を活かした議論の必要性、行政との連携強化などを目的として、既に進行するものづくりやまちづくりの動向を見据えながら、テクノロジーと人間社会の理想的な関係を構想している。
テーマ1「デジタル×サステナブル社会のデザイン」:オンライン上でのワークショップの様子
テーマ2「海洋生態系の変化と水産業の未来」:牡蠣養殖から環境保全まで社会課題について熱い議論が交わされた
テーマ2「海洋生態系の変化と水産業の未来」:牡蠣の処理場を実際に見学
テーマ3「人生100年時代の未来社会デザイン」:活動中の様子
テーマ3「人生100年時代の未来社会デザイン」:多世代交流施設Open Villageノキシタを見学した
テーマ4「地方から未来を創る」:実際に工場を見学
テーマ4「地方から未来を創る」:地域企業の経営者らと議論を交わした
学生の成長を支えるさまざまな参加者との対話
2024年度までは、「塾生」と呼ばれる学生の参加者は全体で10人程度に留まっていたが、4テーマが整備された2025年度に全学的に広く募集した結果約30名が集まった。塾生たちにはテーマ1・3・4のいずれか1つ以上に参加することを課し、これら3つのテーマに関しては、ほぼ毎月集合してグループワークや公開を含むワークショップを行うこととした。年に1回のイベント開催となるテーマ2には、塾生全体からなるべく多くの参加者を募った。
塾生には文系・理系の偏りが少なく、さまざまな学部から集まった学部生・院生で構成されている。それは運営スタッフにおいても同様で、プログラムを設計するコーディネータの一人である影山徹哉特任准教授はこう語る。
「副センター長を含めて5人のコーディネータがいますが、坪井先生が数学で私は医学。他の3人も倫理学・マテリアル工学・日本学と専門がバラバラです。アドバイザーとして関わっている教員も、哲学・教育学・経営学・環境科学など多岐にわたっています。学生も教員も、多様な考えを自然と取り入れられる環境でプログラムに取り組んでいるのです」
さらにテーマに応じて専門分野の研究者や地域住民、企業関係者などが加わる。学外からは公開ワークショップなどだけに留まらず、学生が中心になって行う議論の場にも参加する場合がある。「問題を提供いただける地域グループにご協力いただき、レクチャーや議論を日常的にお願いしています」(坪井副センター長)
本プログラムは大学の単位としては認定されていない。参加して一定の活動実績を積んだ学生に対してはオープンバッジが付与され、就職活動などの際のアピール材料として活用できるが、学生たちの参加動機はバッジだけではないようだ。参加した学生の感想として多いのが、「こんな社会課題があることすら知らなかった」というもの。通常の授業では体系的な知識を学べても、現実社会の複雑な課題に触れる機会は限られている。本プログラムでは、地域の現場を訪れ、実際に課題に取り組んでいる人々と対話することで、授業からは学べない知識を得ることができる。また、「自分が学んでいることが、こんな形で役に立つ」という発見も多いという。専門分野の知識が社会課題の解決にどう貢献できるのか、具体的なイメージを持つことは、その後の学習意欲を高めるきっかけとなる。
各テーマに関連した公開ワークショップやシンポジウム、講演会などは年間を通して行われ、のべ何百人にも上る来場者が集まる。また年度末には成果報告会も開催し、こちらにも多くの参加者が集まって、貴重なフィードバックも寄せられる。こうしたイベントに参加した方からは「研究にほど遠い生活をしている一市民でも分かりやすく参加しやすい内容だった」「若い世代が真剣に社会課題を考えている姿に感銘を受けた」といった意見が多く寄せられている。こうした声は、プログラムの改善に活かされるとともに、学生たちの励みにもなっている。
本プログラムは、従来の大学教育の枠を超えた新しい学びの形を示している。知識の伝達ではなく、課題の発見と解決策の模索を重視するアプローチは、変化の激しい現代社会において、ますます重要性を増していくだろう。学生、研究者、地域住民、企業関係者が対等な立場で議論し、共に未来を創造していく取組みが、次世代のリーダー育成と、持続可能な社会の実現に貢献することが期待されている。
一定の活動実績を積んだ学生に対してはオープンバッジ(獲得した知識やスキルを証明する国際技術標準規格のデジタル証明書)が付与される