カテゴリー 52024年採択

株式会社3in

対象者数 100名 | 助成額 850万円

https://3in.co.jp

Program先生による探究学習・起業家教育体験プログラム

 日本の教育の進化を考える上で、言うまでもなく、学校の役割はとても大きい。株式会社3inは、明治維新胎動の地である山口県を拠点に、学校の先生を対象に、探究学習・起業家教育の実践のための支援事業を行っている。日本の教育に自己変革をもたらすには、先生の心のエンジンの駆動が重要と考えている。

 ところが、この「答えのない学習」の普及発展には、様々なハードルが立ちはだかっている。そもそも教員免許が存在しないため、学びの意義を各学校で定義づける必要がある。また、学校での限られた時間で、いかに質の高い実践研究をするかというジレンマもある。

 本プログラムの最大の特徴は、先生が生徒になりきり探究型活動を体験するところにある。専門家やフロントランナーによる講演会やワークショップを通じて、教育の不易と流行に根差した最新の理論と実践を学び合い、語り合う。また、探究型学習に必須となるテーマ設定や企画書作成、プレゼンテーション、マネジメントも体得できる。先生が集結し、自らのパワーを呼び起こし、勇気と刺激を共有しながら、むしろ学び手として、高校生とスクラムを組み、共に探究することに自信と誇りをもっていただけるプログラムを構築する。

レポートアイコン
活動レポートReport

「地域に貢献できる人材を育てたい」との想いが起業の原動力

  本プログラムを運営する株式会社3in(サンイン)は、2022年の設立以来、「教育×産業創出による地域活性」をビジョンに掲げ、さまざまなプロジェクトを推進してきた。同社を起業した岩本隆行氏は、その経緯を次のように語る。「山口県の豊かな自然と住んでいる方々の温もりの中で育ってきた私は、地域に貢献できる人材づくりを目標に、22年にわたって県内の高校で教鞭を執ってきました。しかし、多くの教え子たちが、地元に愛着を持ちながらも、卒業後は仕事を求めて都会に出ていってしまう現状にもどかしさを感じていました。彼らが地元に戻ってこられるようにするためには、まずは地元に仕事をつくり、その仕事で地域に貢献できる仕組みが必要です。だったら誰かがやってくれるのを待つのでなく、自分がやるしかないと考え、起業を決意したのです」。

  以来、同社は地域の自治体や大学、企業との連携のもと、起業家育成や産業振興に取り組むとともに、山口県産業労働部の委託を受けて県内15校のコーディネーターとして探究学習・起業家教育を支援。そうしたなかで、岩本氏は探究学習を担当する教員へのサポートが急務だと感じたという。「予測不可能な時代にあって、探究学習は生徒一人ひとりが『自分がやりたいことは何か』を問い直す機会として、大きな意義があります。しかし、担当する先生方にとっては、そのための免許もなければ、教科書もマニュアルもなく、そもそも自身が探究を学んだ経験もない中で、まさに手探りで指導法を試行錯誤されています。そこで、先生自らが探究学習を体験し、同じ体験をした先生方同士が議論することで、教育現場で実践するための気付きやヒントを得られる場をつくりたいと考えました」と岩本氏は語る。

  この構想を山口大学教育学部や山口県教育委員会に提案したところ、「ぜひやって欲しい」との賛同が得られ、いかに教育現場で探究学習に対する課題意識が高まっているかを実感したという。こうして、両者の協力・後援と三菱みらい育成財団の助成を得て、2024年度から「先生による探究学習・起業家教育体験プログラム」、略称「先タン」がスタートした。

 

「先タン」の企画者である岩本氏。「山口県は長州藩の時代から、教育に対する熱意で知られています。藩庁のあった萩周辺は、吉田松陰の松下村塾に象徴されるように人格教育に重きを置いてきましたが、私が生まれ育った長門市は、藩財政を支えた村田清風を輩出した地であり、農林水産業など地域の産業を基盤とした“実学”が主体。私もその風土を受け継いでいるかもしれません」と自身のバックボーンを語る。

3inでは、高校生の探究学習の成果を、実際のビジネスとして社会実装するための環境づくりにも取り組んでいる。なかでも、岩本氏が母校・大津緑洋高校での教員時代に生徒と共に立ち上げた陸上養殖システム「アクアポニックス」の研究開発は、地域再生大賞の優秀賞を受賞するなど、大きな注目を集めている。

探究学習を全学的に推進するための「巻き込む力」を重視したプログラム

  まず、本プログラムが重視したのは、教員が周囲を「巻き込む力」だという。教員として培った経験を踏まえ、岩本氏は「生徒を育てるのは教師一人の力だけでできるものではありません。特に探究学習においては、周囲の先生や社外の協力者を巻き込んでのチームづくりが成否のカギを握ります」と語る。

 「探究学習は、生徒一人ひとりの個性やニーズに合った学びの機会として重要なものです。しかし、教育現場ではその成果に対して半信半疑というのが現状で、探究学習に意欲のある先生もいれば、消極的な先生も少なくありません。これは決して教育に対する熱意の差ではなく、探究学習に対する理解や関心の差だと考えました。そこで『先タン』では、探究学習に意欲を持つ先生方が、自ら実践し、その意義を体感してもらうことで、学校内における探究学習の牽引役として自信を持って発言し、周囲を巻き込んでいけるよう意識しました」(岩本氏)。

  初年度となる2024年度は、5回の対面研修と2回のオンラインセッションを開催。対面研修では、九州大学の岡本正宏名誉教授の監修のもと、「1.なぜ、探究・起業家教育が必要なのか?」「2.探究テーマの設定の仕方ワークショップ」「3.企画書の作成」「4.企画書のプレゼンテーション」「5.プロジェクトマネジメントの方法と巻き込みに必要な創造的コミュニケーション」という一連の流れで実施された。オンラインセッションも含め、毎回、前半は産業界から招いた講師に最近の社会動向や教育との関わりについて語っていただく講演、後半は実践とその振り返りのディスカッションという構成で、参加者はインプットとアウトプットを繰り返すことで、探究学習を実体験しながら、現場での実践に必要な知識と経験を培っていった。

2024年度の「先タン」の授業の様子。教員の「心のエンジン」を駆動させるべく、マインド面を重視。参加者同士の対話の機会を増やし、同じ志を持った教員同士のコミュニティづくりを図ることで、参加者に「自分一人ではない」という勇気を与えるとともに、課題意識や解決策の共有につなげていく考えだという。

参加者に身に付けてもらいたいスキルとして、岩本氏は「生徒との対話を深め、内なる声を聞く姿勢と手法」を挙げる。「探究教育の目的は生徒の自己変革を促すことにあり、そのためのフィードバックやコーチングを練習することで、先生自身も教育活動を楽しむことにつなげていきたいと思っています」(岩本氏)。

より多くの教員の「心のエンジン」を駆動させたい

  初年度となる2024年度は、初回のエントリーこそ30人程度だったものの、口コミなどで評判が広がり、最終的には100人近くの教育関係者がエントリーし、5回のプログラムで延べ300人以上が参加した。「担当教員だけでなく、教頭先生などの管理職や、教育委員会の方々、また九州など近隣県の教育関係者にも参加いただけました。プログラム後半からは教員志望の学生からの参加も増えるなど、参加者の多様さが本講座の大きな特徴だと思っています」と岩本氏は振り返る。

  参加した教員からは、「これまで感覚的に実践してきた探究授業に理論的な裏付けができた」「他校の先生との学び合いで勇気づけられた」といった声が聞かれる。また、教員を目指す大学生からも「教育現場の実態が理解でき、心の準備ができた」「実際に教員になるかどうか迷いもあったが、腹が括れた」など前向きな声が挙がっている。加えて、「先タン」で得られた学びや気付きを各校に持ち帰り実践することで、さまざまな成果が出ているという。現役教員が「先タン」を通して、管理職・行政職・大学教授・学生など多様な層と議論できる点、また学校外の情報をリアルタイムで把握できる点を活かし、後援者である県教委と共に、新たな教員向け研修に取り組んでいる。

  こうした初年度の成果と課題を踏まえ、2年目となる2025年度は「教育はやっぱり“情熱”だ」をテーマに、初年度と同様、5回のプログラムを実施する計画だ。「初年度のヒアリングで最も大きな課題とされたのが、校内でのコンセンサスと協力体制づくりでした。これを解決するには、やはり日々の業務の中で埋もれがちな、先生一人ひとりの“情熱”を呼び起こすことが大切だと考えました。あわせて、冷静に自身や周囲の環境を把握して周りを巻き込む戦略を練ることも重要なので、“クールヘッドとウォームハート”を養う場にしたいとと考えています」と岩本氏は語る。

  次年度以降もプログラムを継続するとともに、助成期間終了後の自走に向けて、オリジナル教材の販売による収益化や、連携企業および後援自治体の増加にも取り組んでいくという。「『先タン』を含めた各プロジェクトの運営に加えて、全国各地での講演にも積極的に参加することで、全国の教員関係者とのネットワークが築かれつつあります。そこでの対話から、探究学習に関する教育現場の課題は全国共通であり、当社の取組みは他の地域でもニーズがあるとの確信が得られました」と岩本氏が語るように、すでに都内や山梨、静岡など、各地で本プログラムの全国展開の準備が進みつつあるという。

  今後、同社の取り組みが継続、拡大することで、より多くの教員の「心のエンジン」が駆動し、全国の教育現場で探究学習の充実や、その実装による地域社会の活性化へとつながっていくだろう。

3inが起業家教育を支援する山口県のある高校では、教員2名が「先タン」への参加したことを機に、突き抜けた探究に取り組む生徒たちへの支援を強化。探究の全国大会において観光インバウンドを増加させるプロジェクトで最優秀賞を受賞したり、STEM Racing(STEMの知識を活用したカーレース競技)の世界大会出場に向けたクラウドファンディングを実現させたりと、これまでにない成果を出している。写真は山口県観光連盟とメタ観光推進機構を前にプレゼンをする観光プロジェクトのメンバー。

2025年度のキックオフイベントは、「情熱をマネジメントし、最高のチームをつくる」と題して6月に開催。専門家や経験者によるパネルディスカッション、現場の先生方によるトークセッションとともに、参加者同士による語り合いの場も設けられ、探究学習の現場における課題や悩み、そして情熱を共有する貴重な機会となった。

7月には、教育者としての「志」を表現するプログラムを実施。アート体験では心を解放したうえで自己表現を行い、描かれた作品から自らの心を読み取った。その後のマンダラチャートのワークでは、深い思いを吐き出し、言語化した上で、現場での行動変容に結びつくためには何が必要かを列挙した。9月プログラムでは、いよいよチームのマンダラチャートを作成し、参加者同士の情熱の絆を深めていく。

ビデオアイコン
成果発表動画Presentation

コラボレーションアイコン
コラボレーション事例Collaboration

一覧に戻る