Program「ケースメソッド」を用いた主体的・協働的な学習を
実践できる教員・指導者育成プログラム
高校生が自ら具体的な問いを深掘りし、生き方を考える「総合的な探究」。しかし、その実践に不安を抱える教員は少なくない。本プログラムは、こうした課題解決に向け総合的な探究に特化し、探究学習の先進校や探究にかかる課題を現場で解決してきた事例をもとに「ケース」作成し「ケースメソッド」研修を実施していく。研修では、教員の探究授業に関するマネージメント能力、実践スキル、批判的思考力を高め、各学校の探究にかかわる仕組みや体制の改善を促していく。更にはケースを通じて対話をする事で協働的な学習を実践できる能力が向上し、教員が主体的に各高校の探究全体システムの改善を行うなどが期待される。最終的には、学校が主体的・協働的な学習を実践できる教員の育成が出来るようなシステムを構築し全国な波及を目指す。
国内の大学でも教職養成課程の一部でケースメソッドが取り入れられているものの、授業計画、学級運営やいじめ問題などをテーマとしたケースメソッドに限定されており、探究にかかわるケースメソッド、さらには教員を対象としたケースメソッドは皆無であり、本プログラムは先進性が高いプログラムである。

活動レポートReport
活動の目的を、震災の緊急支援から人材育成へとシフト
2011年の東日本大震災を機に設立された一般社団法人Bridge for Fukushima(以下、BFF)。国際機関で途上国の開発援助に携わっていた伴場賢一氏が、故郷福島を襲った未曾有の災害を前に、復興のために立ち上げた組織だ。水や救援物資を配布する緊急対応から復興支援へ舵を切り、2012年ごろからBFFは人材育成、特に高校生への支援に注力するようになった。きっかけは、自分たちが被災したのに復興のために何かをしたいという高校生と出会ったことだった。「東日本大震災の復興には、30年はかかると思っていましたし、そのラストマイルを担うのは、高校生の彼らだと考えていました。その彼らは震災で心にも体にも大きな傷を負っている、彼らがやりたいと思っていることがあるならば、全力でサポートしようと決意しました」と伴場氏は当時を振り返る。高校生たちの学校外でのPBLを支援し、町づくりワークショップの開催や温泉熱を利用した鰻養殖実証事業など、さまざまなプロジェクトを実現していった。
しかし、一方でこうした熱量の高い高校生たちの動きに「ついていけなかった」大多数の高校生たちが存在した。「当時学校の中では、私たちと一緒に学校外でプロジェクトを進める子どもたちのことを、『意識が高い』と揶揄するような風潮もありました。そこで私たちの活動を『標準』にしていこうと考えました。誰でもこれからの社会のこと、復興のことを考えてもいい。そのためには学校の中に入っていかなければならないと思いました」(伴場氏)。ちょうど大手コンサルティング会社から福島県内の農業高校の通年授業を一緒に作らないかという提案があった。この取組みを皮切りに、福島県教育委員会から「総合的な探究の時間」の講師やコーディネーターについて声がかかるようになり、BFFの活動は学校現場でも広がっていった。
教員個人の課題と、学校の構造的課題の両方へアプローチできる研修とは
生徒を対象にした探究活動の支援を進める中で、今後の探究活動の継続性を担保する上では、学校と教員が抱える課題にも取り組むべきだとの考えが強くなっていったと伴場氏は話す。「途上国支援などでは、私たちがいる間に作り上げた仕組みや枠組みを現地の方に引き継いでもらい、私たちが去った後も方たちだけで取組みが継続されるよう活動していました。同じように学校でも学校や先生たちが主体となって動けるようにしたいと思っていましたが、なかなかその試みがうまくいかず、もやもやした期間が続きました」
BFFが活動している学校を対象に、探究活動の何に教員が不安を持っているのかを探るためアンケート調査を実施したところ、本質的な問題が見えてきた。教員の回答からは、生徒にどう伴走したらいいか、どう問いを作らせたらいいか分からないといったテクニカルな不安が目立ったが、その背景にはノウハウを持っている先生がいるにもかかわらずその知見が横展開できていない、また学校内で「育てたい生徒像」などの上位目標やフィロソフィーが共有できていないために各先生によってアプローチがバラバラになってしまっている現状が見えてきた。伴場氏は、「学校という組織全体の方向性が定まっていないという点に問題があるにもかかわらず、教員は探究活動がうまくいかないのは自分個人のテクニカルな能力に問題があると捉えてしまう傾向があることが分かってきました」と分析する。
こうした複合的な課題に対する教員研修として、BFFは「ケースメソッド研修」が最適だと判断した。ケースメソッドとは、実際の事例を基に、参加者が情報共有や議論を行ったり、追体験をしながら課題の分析や解決策の検討などを行う手法だ。伴場氏は大学院でケースメソッドを学んだ経験があり、かつ学校現場の内情を深く知っていたからこそ、この手法が有効だと考えた。「リアルな事例を基にディスカッションすることで、先生たちがそれぞれ持つ『良い探究、悪い探究とは何か』という判断基準を言語化し、共有していきます。これを繰り返していくことによって学校という組織として、『良い探究』の判断基準を作り上げていく。研修というよりも、判断基準を作り上げていく場の提供だと思っています」(伴場氏)
2024年度は教員やコーディネーター、生徒にヒアリングを行い、「学生にとってのいい探究」「探究を進めるリーダーシップとフォロワーシップ」「モチベートする声掛けとは」など6本のケースを作成し、高校2校、教育者・コーディネーター向けに研修を実施。2025年度はさらに7本のケースを作成している。ケースは、ヒアリングを基にした事実のみで作られているが、これまでBFFが探究活動に携わってきた中で見てきた課題、例えば「探究の学習観・教育観が欠けている」「目的が学校全体で共有されていない」「生徒が問いを立てられないのは生徒の能力不足ではなく経験不足であることに教員は気づいていない」などが反映されている。一つのケースには複数の課題がちりばめられているため、その学校や教員が最も関心のあるトピックスから話すことができるようになっている。
北海道での教員やコーディネーター等を対象にしたケースメソッド研修で講師を務める伴場氏
福島県では、教育センターの職員を対象にケースメソッド研修を実施
学校という組織が抱える課題解決へ。ケースメソッドの可能性
2025年12月に教員向けに行われたオンライン研修では、福島県の高校生のケースが取り上げられた。人前で話すのが苦手だった高校生が、なかなか探究のテーマが見つけられなかったが、1年生の終わりのころに地元の方からそば打ちを教えてもらったことが転機になり、徐々にその魅力にのめりこむようになっていった。そして2年生3学期の時に、一般人が自作の料理を競い合うテレビ番組に応募し、3人のうち一人に選ばれて出演することになったというケースだ。研修参加者には事前にケースを読んでもらい、まずは気になるところやその理由を最初に話してもらう。「そば打ちに出合うまでの約1年間、やりたいことが見えなかった生徒に、先生たちがずっと、途切れずに提案やヒントを投げ続けていたという、その待ちの姿勢がすごい。自分ではそんなに待てなかったと思う」「高校生や先生、コーディネーターが探究活動のプロセスを明確に覚えていて、ここまで語れることに驚いた。教師の側からすると一つ一つのことをなかなか覚えていられない。明確に記録できていれば、どこで生徒が変わっていったのかのポイントが分かって次に生かしやすいと思った」などの感想を出し合った後、ケースにあるような場面になった時に自分はどう判断し動くのかと段階的に思考を深めていきながら、課題を乗り越える手法を考え、各々意見を出していく。もちろんそれぞれ意見も異なるが、その理由などを聞いていくと、自分の価値観の共通点や今までになかった見方に気づいていく。この研修に「正解」はないが、自分が、そして学校が取り組むべき探究活動像、育てたい生徒像が徐々に明確になってくるという内容になっている。
参加者アンケートでは10点満点中8点以上の評価が出ている。この評価の背景には、「今までこの手の研修がなかった」というニーズと、普段考える機会のない教育の本質について深く議論できる「安心安全な対話の場」が提供されたことへの満足度があるのではと伴場氏は話す。「先生たちがこれまで真正面から教育のことを語れる機会がなかなかなく、それがこの評価に繋がっている可能性もあると考えています。ここで満足してもらうのではなく、あくまでも研修の目的は学校の上位目標やフィロソフィーを作り上げていく『行動変容』であり、そのためには継続性が不可欠です」(伴場氏)。
2025年度は、継続校での複数回実施に力を入れつつ、新規開拓としては学校単体だけでなく、教育委員会や教育センター、独立行政法人教職員支援機構(NITS)、大学の教職課程への導入など、アプローチ先を広げて活動を展開している。
また2026年度以降に向けては、ケースメソッド研修のファシリテーターができる人材の育成や、BFFが制作したケースを誰でも使えるようにするオープンソース化や各研修で生まれた議論やその成果の可視化などのプラットフォーム構築を目指している。
ケースメソッド研修を広めていく中で、ある県の教育委員会から「いじめのケースメソッド研修もできないか」という打診があるなど、探究活動に留まらないケースメソッドの可能性を感じたと伴場氏はこの2年間の活動を振り返る。探究活動で見えてきた課題は、実は学校という組織が抱える多くの課題の「氷山の一角」ともいえ、大元の課題に切り込まない限り、根本的な解決は難しい。ケースメソッド研修は、教育現場の複合的な課題解決へのアプローチとして、その汎用性が期待される。
ケースメソッド研修の普及に向け、ファシリテーターの養成研修も実施している