カテゴリー 32020年採択

加速キッチン合同会社(旧 探Q (東北大学))

対象者数 150名 | 助成額 540万円

https://accel-kitchen.com/

Program中高大・研究所による宇宙線観測活動コンソーシアム

 探Qは日本初の中高生主体の全国規模の宇宙線探究ネットワークである。宇宙線は宇宙から降り注いでくる高エネルギーな放射線で、そこから得られる宇宙の神秘を追い求めたり、放射線計測を駆使したり、ピラミッドのような大きな対象の透視をしたり、通常の中学・高校では得られない探究を行うことができる対象である。この宇宙線を誰でも簡単に測定できる宇宙線検出器を開発し、全国の中高生へ配布していく。最終的にビーカーやフラスコと同じぐらい当たり前に、自宅や学校で宇宙線検出器が使える未来を目指す。

 また検出器の配布だけでなく、チャットやビデオメンタリングなどを活用して全国の学校間や研究者の間をつなぐことで、日本のどこでも宇宙に関心のある中高生が最先端の研究環境の中で宇宙線探究を行えるオンライン環境を構築し、中高生が新しい宇宙線研究を創出するサポートを行っていく。

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大学でしかできなかった素粒子・宇宙探究を 中高生でもできるように

 加速キッチン合同会社が作った宇宙線検出器は、片手に乗るサイズと軽さのプラスチックのボックスケース。黒だけでなく、ピンクやグリーンなどポップな色もあり、一見すると検出器とは分からない。これまでの宇宙線検出器は装置自体が大きく、扱いも難しい上、手軽に購入できるような価格ではなかった。同社代表・早稲田大学理工学術院准教授の田中 香津生さんは、「化学の実験用として、どこの学校でもフラスコやビーカーはあるでしょう? でも、物理の研究を中高でやろうと思ってもこれまではツールがなかった。制作費用を安く抑え、量産化・小型化したこの宇宙線検出器は、PCに繋ぐだけでデータが取れ、扱いも簡単。大学に入ってからしかできなかった素粒子・宇宙探究を中高生でもできるようにしたツールなんです」と説明する。

  この宇宙線検出器を製作し、中高生に配布、検出器を活用した宇宙線探究活動のサポートを展開している加速キッチンの活動は、田中さんの「自分が中高生の時にこういうのがあったらよかった」という思いと、日本の基礎物理への危機感から始まった。「ITやバイオなどの派手な分野にお金も注目も集中しがちで、基礎物理は活気がありません。多くの研究者が危機感を持っているけれども何をしていいのか分からない。でも私は中高生が物理の探究活動をすれば、この分野は確実に変わると思っていました。探究活動が盛り上がってきている近年でも、素粒子に対する活動は日本にほとんどない。だからこそこの活動に使命感を感じています」。

  2020年度は、宇宙線観測体験会や検出器製作ワークショップ、学校内での授業やイベントを通して82名の中高生が参加し、宇宙線による古墳の内部透視、検出器そのものの開発、リモートで大型加速器実験を行い加速ビームエネルギーを測定するなど、国内では事例のないユニークな探究が次々に生まれた。2年目はさらにレベルの高い検出器・装置の開発や宇宙・素粒子研究活動が展開されている。

 小学校の時に元素周期の漫画を読んで物理に興味をもっていた仙台白百合高校の庄司亜胡さんは、学校の掲示板でこの活動を知り、今は筑波大学の三明康郎特命教授の指導を受けながら、一人でラドン検出器を作っている。仙台第二高等学校の小川真結さんと岩井柊馬さんは、宇宙線の主な成分であるミュオンの寿命測定や磁石を用いて負ミュオンと正ミュオンを分別して負ミュオンのみのデータを測定する研究を続けている。いずれも学校の授業だけでは物足りず、自ら活動の場を探し、参加してきた高校生たちだ。田中さんが参加者とヒアリングし、関心があることや参加者の周囲の環境を考慮しながら研究テーマを絞り、年間を通して研究を続けている。「国内では前例のない取り組みでしたし、当初はリクルーティングしないと集まらないだろうと思っていたのですが、予想以上の拡大を見せ、先日は中学1年生が素粒子研究をしたいとメールを送ってくれました。素粒子をやりたい中高生が全国にたくさんいる、潜在需要があるということなんだと思います」と田中さんは話す。

 

一見すると検出器には見えない、加速キッチン合同会社が作った宇宙線検出器

加速キッチン合同会社を立ち上げた田中 香津生さん。同社の代表と早稲田大学理工学術院准教授を務める。

全国の高校生が参加できるよう、オンライン宇宙線測定体験会を年に数回実施。グループに分かれ、サポーターの大学生持っている宇宙線検出器をリモート操作して測定を行う。これを機に宇宙線探究に申し込む生徒も多い。

事前に高校に検出器を送った上で、Zoomを用いて大学生が測定方法を説明して観測活動を行うなど、学校の授業として実施した事例もある。

1グループに大学生メンターが一人ついて研究指導

   日本にとどまらず、米国やドイツ、アルゼンチン、フィリピンと世界中の研究機関や中高生とのコラボレーションも生まれ、査読論文の掲載など学術的にも高い成果を上げてきている。これらの活動を支えているのは、高エネルギー加速器研究機構、総合研究大学院大学、理化学研究所などの専門機関の研究者・技術スタッフと、東北大学を中心とした大学生メンターだ。コミュニケーション基盤をSlack上で作り、1年間に2万ポストの書き込みがあるほど、活発に議論・交流している。

 また大学生メンターたちは中高生の研究グループに一人ずつ担当につき、隔週でZOOMメンタリングを実施。「中高生が本当に面白いと思えるようになるまでは研究を始めて半年ぐらいかかります。そこを大学生メンターが伴走することが大事」と田中さんは話す。大学生サポーターの構想は最初からあったという。「私たち研究者はどうしても“サポート”というよりも“教える”ことになってしまう。でも大学生たちは全員が素粒子の研究をしているわけではないので、答えは持っていません。でも答えに至る道筋を一緒に考え、教えることができます。大学生たちも、自分たちの研究をしながら、中高生たちの研究指導もしているので、何もしていない大学生と比べて格段に研究能力が上がっている。学会などで発表すると周りが驚くぐらいの成長が大学生にもあるんです」と田中さんは話す。参加した高校生たちが大学生になり、サポーターになってくれるという循環も起こり、大学生同士のコミュニティも生まれつつある。

予想を超える高いレベルの研究が生まれている一方で、田中さんが次に目指すのは、「普及」だ。自らの意思以外の参加のきっかけとしては、加速キッチンの活動に共感した学校からの周知が多いが、そうした学校も数が限られ、探究に物理の要素を取り入れている学校はまだまだ少ない。どの学校でもビーカーと同じように宇宙線検出器がある、サッカー部と同じように宇宙線探究部がある、特別ではなくもっと身近に物理がある世界を目指したいと田中さんは話す。

 この活動を始めたころ、地上と飛行機で宇宙線を測ると50倍ぐらい飛んでくる量が違う、という話をしたところ、高校生から「じゃあ、スカイツリーだったらどうなんですか?」という質問が出たことがあった。「その発想が、効率を求めたり無駄なことができない私たち研究者にはないんですよね。飛行機よりもっと上とかではなく、高校生でも行ける最も高いところで測ってみるとどうなるか、というのは素朴な疑問。研究者から見たら価値がないと思われるかもしれないけれども、ワクワクする、ロマンがある素粒子の研究は今までできなかったことだし、素敵なことですよね。その機会を全国に広げていきたいと考えています」。

(学年等の表記は2022年3月時点のもの)

検出器は主に大学生が製作しており、大学生向けの製作ワークショップも開催。ケースは3Dプリンターで製作し、中身の半導体はハンダ付けなどの作業で半日程度でできるという。SDカードでの保存機能やGPSの搭載など、改良を図っている。

田中さんが東北大学助教のときに本格的に活動を開始したため、今でも拠点は東北大学にあり、活動を支えるのも東北大学の学生が多い。(右から)丸田京華さんは工学部、能勢千鶴さん、齋藤隆太さん、喜多亮介さんは理学部と学部も別々で、それぞれの知見を活かして活動に参加している

(左から3番目から)仙台二高の小川さん、岩井さん、仙台白百合の庄司さん、仙台一高の加藤さつきさん、柴﨑来夢さん、遠藤柑奈さん。仙台市内の高校の参加者には、東北大学の大学生がメンターがついているため、直接オフィスに来て研究をすることもある。
中でも仙台第一高等学校では、何十年も前から宇宙線の研究をしており、加速キッチンの活動にも同校の生徒も参加。メンターを務める丸田さん(一番右手前)は同校の卒業生。

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