カテゴリー 32025年採択

東海国立大学機構 名古屋大学
学術研究・産学官連携推進本部
イノベーション・アントレプレナーシップ推進室

対象者数 300名 | 助成額 500万円

Program 未来のインパクト創出に挑戦する社会的起業家の卵
「インパクト・アントレプレナー」発掘・育成プロジェクト

  かつてないスピードで変化し続ける社会において、既存の常識を越え、新たな価値とビジョンを提示するリーダーの登場が、強く求められている。本プログラムは、社会を動かす「問い」を立て、「事業」で解く、未来を創る力を備えた次世代の社会的起業家の輩出を目的に構築された、年間を通じたアントレプレナーシップ教育プログラムである。
 年間で3つのステージを提供していく。
■ STEP-A:「課題を視る力」
社会課題を“構造”として捉える眼差しを養い、現実を読み解く力を育てるステージ
■ STEP-B:「自分の動機に火を灯す」
自身の原体験や価値観と向き合い、継続的に挑戦できる内発的動機を深掘りするステージ
■ STEP-C:「答えのない問いに潜れ」
課題の現場に身を投じて、実践を通じて“リアル”に触れながら、自分なりの挑戦の一歩を踏み出すステージ

  いずれのステージにおいても、社会的インパクト創出を実践する起業家・研究者・実践者との対話やネットワーキングを重視しており、個人の視座を高めるとともに、多様な仲間と共に学び合うコミュニティを形成し、持続可能な未来を切り拓く志とスキルを兼ね備えたリーダーの育成を目指す。

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活動レポートReport

起業家志望の学生の意識変化を見据え、新たなプロジェクトを創設

 「これからの大学には、基礎研究や高度人材育成の強化とともに、研究成果の社会実装やスタートアップ創出などを通して、産業界や行政と共に持続可能な社会を築いていく力が求められる」との認識のもと、早くから産学官連携を推進してきた名古屋大学。現在、その中核を担っているのが2013年に設置された学術研究・産学官連携推進本部である。

 同本部では、研究や産学連携のマネジメントを担うURA(University Research Administrator)の充実に注力し、国内最大規模のURA体制を基盤に多岐にわたる活動を展開。なかでもアントレプレナーシップ教育や研究シーズによる事業化支援を推進するのがイノベーション・アントレプレナーシップ推進室だ。この組織では、東海地区約30大学による横断プラットフォーム「Tongali(トンガリ)」や大学内の共創拠点「Idea Stoa(イデアストア)」の運営を通して、同大学の学生はもちろん東海地域、さらには全国の大学生や中高生を対象に多様なプログラムを提供してきた。そこに2025年度から加わったのが、高校生から大学1・2年生を対象に、社会的なインパクトを創出できる「インパクト・アントレプレナー」の育成を目指す本プロジェクトである。

 「すでに幅広い育成事業を行っている当組織が、このタイミングで新たなプロジェクトを立ち上げた背景には、起業家志向の学生たちの意識変化に対する気付きがありました」と語るのは、2020年にアントレプレナーシップ教育・起業支援担当URAとして着任した野原かほり氏だ。近年では就職環境や価値観の変化に加え、起業家に対する認知拡大や支援体制の強化などから起業家志向の学生が急増。しかし、実際に起業ビジョンを聞いてみると、筋は通っているようで、どこか型通りな意見も少なくないという。「最近ではAIを“壁打ち相手”にする学生が増えていることもあり、社会課題に対する意識や理解は飛躍的に高まっています。一方で、大きな構造変革が求められる時代において、AIが示す“正解らしき答え”を鵜呑みにするのではなく、自分自身の内面から湧き上がるような、手触り感のあるアイデアを醸成する機会の必要性を感じました」と野原氏は語る。そこで着想を得たのが、長年の取組みを通じて出会った社会的起業家たちが共通して語っている「実践と内省の反復」や「自身の価値観を揺さぶられる体験」だという。「そうした経験を積んできた社会起業家をはじめとするイノベーターとの対話、同世代との実践・交流機会を設けることが、学生たちの内発性を高め、課題に向き合う自己認識を深めるきっかけになると考えたことからプロジェクトがスタートしました」と野原氏は経緯を語る。

 

「自由闊達」な学風のもと、人材育成の目標として「勇気ある知識人」を掲げる名古屋大学。2020年には岐阜大学との法人統合により東海国立大学機構が発足し、互いの強みを掛け合わせたシナジーを発揮する体制へと進化するとともに、東海地域における「公共財」としての存在意義をさらに高めている。

大手人材・広告系企業を経て、ラジオパーソナリティなどを務めた後に、産学連携コーディネーターを選んだという異色の経歴を持つ野原氏。「専門や価値観が異なる人や領域同士によって化学反応が起き、社会に向けて新たな価値を創出していく過程を間近で見られる」ことが大きなやりがいだと語る。

3つのSTEPを自由に循環することで、
起業家を目指す若者たちのコミュニティを形成

 本プロジェクトが発掘・育成を目指すインパクト・アントレプレナーとは、社会課題の本質を俯瞰的に、かつ「自分ごと」として捉え、検証と内省を繰り返しながら社会に正のインパクトをもたらすスキルとリーダーシップを備えた人材を意味する。「必ずしも起業をゴールに据えるのではなく、内発的な動機から長期的なスパンで“答えのない問い”に挑み続けられる人材を育てることが目的です」と野原氏は語る。

 プロジェクトの内容としては、年間を通じてSTEP-A、B、Cの三段階が用意されている。まずSTEP-Aは本プロジェクトの入り口として、広く参加者を募れるよう高校生も参加しやすい夏季休暇中に開催される。そこで興味・関心を持った参加者は、月1ペースで開催されるSTEP-Bの少人数ワークショップに参加し、ここで自己認識や問いを反芻し、深めていく。そして、秋と翌春に開催されるSTEP-Cのフィールドワーク型合宿で、より深く課題と自己認識に向き合うというのが大まかな流れだ。

 各STEPの具体的な内容を見ていくと、STEP-A「FUTURE LAB」は社会課題の本質を捉える力を養うことを目的として、同学およびTongali参加大学内の研究者や起業家から提示された「解くことができれば、社会課題を劇的に解決する問い」に対し、参加者がチームメンバーと共に挑戦する。その複雑さや難しさ、自分自身との接点を体感することで、「社会課題を俯瞰する力」と「挑み続けるマインド」を醸成しながら、社会起業家としての最初のスイッチを入れる。

 続くSTEP-B「toi toi toi -“問い”の“ジブンゴト化”ワークショップ-」では、月に一度「Idea Stoa」に15名程度を集めてゼミ形式で実施している。毎回、幅広い分野から招聘したゲストから、自身のイノベーターとしての歩みを語ってもらい、各段階での心の動きを共有・分析するワークショップを開催。参加者同士の対話を通じて「自分は将来、社会課題とどのように向き合っていくのか」を問い直す機会となっている。

 集大成となるSTEP-C「主体的に動く自分になるDEEP FLOW CAMP」では、秋と翌春に選抜された15名に対し、2泊3日の合宿形式で開催。参加者は社会起業家の伴走のもとに地域の社会課題に向き合い、初対面の仲間と対話を重ねながら、観察と仮説→対話→リフレクションのサイクルを濃密に回すことで、課題解決に必要なクリティカルシンキングを養う。

 これら3つのSTEPは、必ずしもAからC順に参加しなければならないというものではないという。「もともと“圧倒的に価値観を揺さぶられる体験”と、その中での“問いの反芻と自己認識”の機会を提供したく、中心に考えていたのはSTEP-Cです。そこで成果を出すためには、事前に基礎的なスキルを養う必要があると考え、日頃から醸成する機会の場としてSTEP-Bを、より多くの参加者に“火種”を灯すためにSTEP-Aを設定しました。STEP-CにはSTEP-A・Bの参加者を優先する形で選抜しています」と野原氏は語る。その狙い通り、最近では定期的に開催されているBを中心に参加者同士のコミュニティが育まれ、さらなる学び場の醸成につながっているという。

2025年度のSTEP-Aは、「持続可能な農業」をテーマとする社会起業家を講師に迎え、約40名の参加者を集めた。「良いおにぎりとは?」といった身近な問いかけから始まり、米農家を取り巻く環境について学びながら、「100年後も続く農業とは?」を検討するワークショップを開催。社会課題の複雑さを理解するとともに、その解決に挑む社会起業家の志の高さへの共感を集めた。

2025年度のSTEP-Bは、11月から翌3月にかけて4回開催。毎回15名参加の想定に対し、時には20名近く集まるなど活況を呈した。地域起こしや生命農学、サーキュラ―建築など、多彩なテーマに取り組むゲストから、自分の「好き」や「気になる」をどうやって起業や研究につなげてきたかを「人生ストーリー」として対話型で語ってもらい、その後自分自身の内面に向き合うワークを行うことで、参加者が内発的なアクションに向けたヒントを得る場となっている。

2025年度のSTEP-C秋季キャンプは、人口800人と過疎化が進む中で2年連続の社会増、消滅可能性都市からの脱却を遂げている長野県下伊那郡根羽村をフィールドに実施し高校生・大学生合わせて17名が参加。持続可能な中山間地域のデザインを研究する名古屋大学の研究者や現地や東南アジアでソーシャルビジネスを手掛けてきた社会的起業家による伴走のもと、自然豊かな環境に触れ、鹿の解体にも立ち会い、社会構造理解と課題の体感を深めた。最終的には非日常の体験を通じて、参加者同士が絆を深めながら今後のアクションに向けた活動プランのプレゼンテーションを行った。

STEP-C春季キャンプは、長良川の源流域である岐阜県郡上市において、社会全体のウェルビーイングを高めるエコシステムを探求する名古屋大学の研究者や、現地で自然と向き合いながら新たなチャレンジを続ける社会起業家の伴走を得て15名を対象にフィールドワークを実施した。支流・本流を取り巻く自然環境の構造を学習し、豊かな自然のもとに焚火を囲んで対話した経験は、新しい自分に気づき、内面の深い部分から自身と社会の将来を考える貴重な機会となった。

初年度の課題を見据えて改善を図り、持続可能な活動強化を目指す

プロジェクトの初年度となる2025年度は、準備に時間を要したことや広報不足により、STEP-Aでは参加者が予定を下回ったものの、STEP-BおよびCでは想定以上の人数を集めることができた。参加者の満足度も高く、「自分について数日間も考え抜く経験は初めて」「本音の言語化と、仲間との相互理解によって、自己認識が進んだ」「社会起業家との対話で心に火が灯る感覚が得られた」といった声が寄せられた。「私たち主催側としても、仮説であった“内省と実践の往復”が実際に当事者意識を喚起するという手応えが得られました。自身の内省だけで終わらせるのでなく、仲間と共に実際の行動に移せるよう導線を強化することで、長期的な姿勢で社会課題に挑む人材を育てていきたいですね」と野原氏は今後への意欲を語る。

 初年度で明らかになった課題に対しては、すでに対策を打っている。広報面では、Tongali参加大学の協力を得て告知を強化。特にSTEP-Aについては、入試課との連携のもと、オープンキャンパスと連動する形で早くから告知することで、100名程度の参加を見込んでいる。運営面では、STEP-B、Cでゲストによって参加者に偏りが見られることから、これまで培った人的ネットワークを活かしてゲスト選定をより多様化することで、参加の裾野を広げていく。同時に、リピート参加者と新規参加者のバランスに配慮することで、参加者同士の開かれたコミュニティを醸成していく。

 将来に向けては、財団からの助成期間の3年間で、コンセプトからワークシートなどの開発、運営手順、評価設計なども含めて体系化を進め、4年目からは内製化による継続実施を図っていく考えだ。「体系化には、Tongali参画大学への横展開を容易にする狙いもあります。本プロジェクトを体系化して、フレームワークとして各大学に提供できれば、より多くの起業家志向の学生に参加いただき、自己と社会課題に深く向き合う機会を提供できるはずです。それが東海地方全体、ひいては社会全体でアントレプレナーシップを持った人材を増やしていくことにつながると考えています」と、野原氏は将来へのビジョンを語った。

本プロジェクトへの参加を経て、Tongali主催のビジネスプランコンテストに挑戦する学生も出てきている。同コンテストは2026年度には、全国から約100を超えるチームがエントリーし、受賞後の起業率は50%に迫っている。同コンテストをはじめとしたTongaliとの接続を強化することで、インパクト・アントレプレナーの輩出を加速させていく考えだ。

裾野拡大に向けた取組みとして、2026年8月には名古屋大学オープンキャンパス共通企画として、ワークショップイベント「FUTURE LAB 2026」を開催[sk1.1]。研究者や社会起業家が向き合う問いをグラフィックレコーディングで可視化し、参加者同士で社会課題が持つ複雑な構造を考える機会を予定している。

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